冨永ほか(1987)による〔『資源の化学』(30-32p)から〕


2.1 物理的分離と化学的分離
2.1.1 物理的分離(選鉱)

 前章では化学上の三つの大きい発明発見が資源の抽出、分離、精製にいかに大きい影響を及ぼしたか、その歴史を述べたが、本章では現在の資源の抽出、分離、精製と化学との関係を概観しよう。
 物質の分離法には物理的分離と化学的分離とがある。資源は天然には主として鉱物(mineral)として存在し、この鉱物が集まった鉱石(ore)として産出される。岩石(rock)も鉱物が集まったものであるが、有用鉱物を含み、経済的に資源として回収可能なものが鉱石とよばれる。したがって資源抽出の第一歩は鉱石からの有用鉱物の分離操作である。有用鉱物を分離することなく、有用成分(元素)のみを抽出する方法もないわけではないが、一部の例外を除いて、まず有用鉱物のみを分離したほうがはるかにコストが低くてすむ。この目的で、もとの鉱石の物質的変化なしに、含有鉱物をそのままの状態で分離する方法が物理的分離であり、そのプロセスは選鉱(ore dressing)とよばれる。
 選鉱のプロセスは大きく二つに分けられる。破砕(crushing)、磨鉱(grinding)とよばれる単体分離の過程と、狭義の選鉱(ore beneficiation、concentration)の過程である。単体分離とは、鉱石を細かい粒に粉砕して、一つの粒は原則として一種の鉱物からなるようにするプロセスである。鉱石を形成する鉱物の粒子は非常に細かいので、通常の磨鉱では、単体分離できない鉱石もあるが、その場合には、最初から化学的分離を行う。狭義の選鉱のプロセスとしては
 浮遊選鉱法(flotation)
 比重選鉱法(gravity concentration)
 光学選鉱法(optical concentration)
 静電選鉱法(electrostatic concentration)
 磁力選鉱法(magnetic concentration)

などが知られている。これらのうち、浮遊選鉱法については前章(1.3)で詳述したが、これは化学、とくに表面化学の原理を用いた物理的分離法である。すなわち、選鉱の過程で、鉱石や、鉱物はその内部に及ぶ化学的変化を受けない。他の四つの方法はその名から推測されるように有用鉱物と不用部分(通常脈石gangueという)を、その比重、色、静電特性、磁性などの差を利用して分離する物理的な分離方法である。
 このようにして分離された有用鉱物を精鉱(concentrate)とよぶ。この精鉱は鉱石(はっきり区別していえば粗鉱crude ore、run-of-the-mine ore)に比べて当然有用成分の含有量が増加しているが、鉱種によっては100倍以上にもなっている。こうして精鉱に濃縮しても、まだそのなかには相当量の不要成分(不純物)が入っている。これは第一には、前述の単体分離が完全ではあり得ず、一つの粒のなかに有用鉱物と不要鉱物が共存しているもの(片刃、かたは、middling)があるためであり、第二にはたとえ美しい鉱物の結晶であっても、これは完全に純粋な物質ではなく、相当量の不純物が入っているためであり、さらに第三には不要な鉱物の粒子がまぎれ込むものもあり得るからである。図2.1(略)に示すのは非常に美しい輝安鉱(stibnite)の結晶であるが、これの成分は純粋なSb2S3ではなくてPb、Cu、Feをはじめ、多数の不純物元素が混入しており簡単に検出できるものだけでも10指に余る。したがって、この輝安鉱から純粋なアンチモン金属を得るためには、単に硫化物から硫黄を除き金属に還元するばかりでなく、これらの不純物も除くことが必要となる。

2.1.2 化学的分離(製錬)
 ここで威力を発揮するのが化学的分離である。純粋な元素を取り出すためには、化学反応を用いたり、物理化学上の原理を利用したり、また電気分解反応を利用して、原子、分子のレベルで元素を相互に分離することが必要になる。
 資源から元素を抽出する方法のうち、金属元素を抽出する方法を製錬(精錬とも書く)という。製錬に相当する英語はなく、鉱石または精鉱を高温で溶融状態とし、酸化、還元反応を起こさせ、相分離を利用して、不純な金属を抽出する工程(前章のDe Re Metallicaに出ているような方法)をsmelting(溶錬)、こうして得られた不純な金属を精製する工程をrefining(狭義の製錬)と区別している。しかし工程のなかには溶融状態を利用しなくても、不純な金属またはその化合物をつくる方法もあるので、用語としては、乾式製錬(または乾式冶金)(pyrometallurgy)湿式製錬(または湿式冶金)(hydrometallurgy)と区別するほうがよいであろう。
 また別の分類方法としては、鉱石(精鉱)から純粋な金属までの工程を、抽出分離(extraction and separation)の工程、精製(purification)の工程と還元(reduction)の工程の三つに分けることもできる。
 この三つの工程では化学的な分離や化学反応が用いられるが、この三つの工程の順序は必ずしも一定でなく、また一つの工程の中間に別の工程が入る場合もある。とくに精製と還元の順は元素によって変わる。すなわち
 精製してから還元する元素の例:Al、Ti、Zr、Si、Mg、Mo、W、など
 還元してから精製する元素の例:Cu、Pb、Au、Ag、Sn、Fe、Ni、など
である。
 さて、これらの抽出分離、精製、還元に用いられる手法について概観したのが図2.2である。水(溶液)を用いないプロセスと、水溶液を用いるプロセスにまとめた。一つの元素は通常、これらの方法のいくつかを順序よく組み合わせ、鉱石(精鉱)から金属(元素)にまで抽出分離、還元、精製される。また、この各々の工程には、種々の純物理的分離プロセス(固液分離、混合しない二種またはそれ以上の溶体また溶液の比重による分離、気体と固体微粒子の分離など)が密接に関係している。これらの成分の抽出分離、精製に用いられる相分離の方法は次のものがある。
 互いに混合しない溶体(液)相の分離
 混合する溶体(液)相の蒸気圧差による分離(蒸留)
 溶体(液)相と固相の分離
 溶体(液)相と気相の分離
 固相と気相の分離
 固相相互の分離
図2.2 製錬法
乾式製錬法
(水溶液を利用しない製錬)
予備工程 化学反応を伴わないもの
酸化物、塩化物などを生成するもの
抽出分離法 化学反応を主とするもの
化学反応を伴わないもの
補助的に化学反応を利用するもの
精製法 化学反応を主とするもの
化学反応を伴わないもの 晶析
帯域溶融
蒸留
還元法 化学反応によるもの 水素還元
炭素(一酸化炭素)還元
硫黄燃焼
熱分解
電気化学反応
湿式製錬法
(水溶液を利用する製錬)
抽出分離法 化学反応を伴うもの 粗鉱から
精鉱その予備処理物から
水溶液から沈殿
化学反応を伴わないもの 水溶液からの晶析
吸着法
精製法 イオン交換
溶媒抽出
電気分解精製
還元法 水素還元
電気分解採取

 これは乾式、湿式を通じて共通である。資源の抽出分離、精製は、これらの各種の製錬プロセス(化学反応と物理化学的プロセス)と、それに続く相分離を組み合わせたものを、何段か組み合わせ、さらに必要な場合は、その途中か最後に、また場合によってはこれらと組み合わせた還元プロセスを加えて完結する。還元プロセスも、酸素などの結合元素を目的とする資源元素から分離するプロセスと考えれば、全体を一元的にまとめることも可能であろう。特殊な場合には、純度の高い元素を製錬するために、還元プロセスを反復することもある。
 次節では、いくつかの資源について、これらのプロセスがいかに組み合わされて利用されているかについて述べる。』