中村・宮久(1976)による〔『本邦の鉱脈鉱床−その生成の機構と条件−』(37-40p)から〕


鉱脈鉱床における帯状分布と地質構造規制

中村 威・宮久三千年

Abstract

1.まえがき
 本邦のsubvolcanic鉱脈鉱床は、古第三紀〜新第三紀の花崗岩−流紋岩系の火成活動と成因的に密接な関係をもって生成され、とくに、従来xenothermal鉱床(Buddington、1935)として知られている錫・タングステンを伴う多金属鉱脈(Sn・W・Bi・Cu・Zn・Pb・Ag・Au)には、しばしば種々の規模の帯状分布が、水平的ならびに垂直的に認められる。
 ここでは、鉱脈鉱床の初生的帯状分布に関する研究を概観したのち、(1)九州外帯の新第三紀花崗岩に伴う鉱脈鉱床、ならびに(2)錫・タングステンを伴う多金属鉱脈として明延、生野、足尾および紀州の各鉱山の鉱脈鉱床について、初生的帯状分布と、これを規制する地質構造、火成活動、鉱化作用との関係を考察する。

2.初生的帯状分布の研究の概観
 鉱脈鉱床における初生的帯状分布(以下単に帯状分布と記す)についての研究は、今世紀のはじめから多くの研究者によってなされたが、なかでもEmmons(1924、1927、1933、1936)とS.S. Smirnov(1937)によって提唱された説は、以後の帯状分布の研究に大きな影響を与えたといえる。
 Emmons は、鉱物物質を高濃度に溶かしこんだ高温の溶液から、温度の低下に伴って、つぎつぎに鉱物が沈殿して帯状分布が形成されることを示したが、Emmonsがzonal theoryで最も寄与したのは、Park(1955)も指摘したように、“reconstructed vein system”として理想鉱脈を組み立てたことである。この中で、Emmonsは16の帯(下位からBarren、Sn、W、Bi、As、Au、Cu、Cu、Zn、Pb、Ag、Barren、Au-Ag、Sb、Hg、Barrenの帯)を区分し、magmatic centerから離れるにつれて、ごくふつうの金属鉱物や脈石鉱物がどんな順序で沈殿するかを示した。しかし、Emmons自身も彼の提唱したzonal theoryの弱点を認め、帯状分布が不規則になったり逆になったりすることに対する理由として、2つ以上のmagmatic centerから生じた鉱床が重複すること、一連の沈殿が行なわれている間にmagmatic centerが前進したり、後退したりすること、1つの地域に異なる時期の鉱化作用が重複して見られることなどをあげている。
 Emmonsのzonal theoryとは異なって、ソ連のS.S. Smirnov(1937)は、鉱源から断続的に時期を異にして上昇した個々の溶液によって帯状分布が形成されることを提唱したが、この説に対しては、後にBilibin(1951)によって脈動説(pulsation theory)という名称が与えられた。
 S.S. Smirnovの説が発表されて以来、数多くの研究がソ連・東欧の研究者によってなされたが、Korolev(1949)、V.I. Smirnov(1957、1960)、Kutina(1957)は、帯状分布の形成に対して構造地質的な因子の重要性を指摘した。
 すなわち、Korolevは、最もふつうに認められる帯状分布は正規のnormal zoning、またはdirect zoningであるが、異常な場合としてreverse zoningが存在することを認め、晩期の低温の鉱物が、下部で増加することを説明するためには構造地質的な因子の影響を考えなければならないことを述べている。Korolevが研究を行なっていた当時は異常と考えられたreverse zoningは、その後、ソ連国内で数多く認められるようになった。
 V.I. Smirnov(1957、1960)は、熱水鉱床にみられる帯状分布を成因的に総括したが、この中にも構造地質的な要因が明確に示されている。すなわち、V.ZI. Smirnov(1960)は、第1番目に、
 Zonality of the first order, “stage by stage zoning”として、マグマ溜りから、つぎつぎと組成を異にする溶液が分離し、それに対応して組成の異なる鉱石が沈殿することによって生じた帯状分布を取り上げているが、この種の帯状分布をさらにつぎの3つのタイプに分けている。
 (1)Zonality of repeated tectonic fracture(構造的な割目が繰り返し形成され、その割目に繰り返し鉱物が沈殿することによって生じた帯状分布)、
 (2)Zonality of tectonic opening(ゆっくり開裂したり閉じたりする空隙に徐々に組成を異にする鉱物が沈殿することによって生ずる帯状分布)、
 (3)Zonality of intraore metasomatism(早期に沈殿した鉱物が、後期の鉱液によって鉱体の周縁部沿いに溶脱、再沈殿することによって生ずる帯状分布)などである。
 第2番目に、
 Zonality of the second order, “facies zoning”として、鉱液が通路を移動する際の地質的ならびに物理化学的条件の変化と関連して生じた帯状分布を取り上げており、さらにつぎの3つのタイプに分けている。
 (1)Zonality of rock composition(岩石の組成変化によって生ずる帯状分布)、
 (2)Filtration zonality(熱水交代鉱床に広く発達するもので、種々の金属の化合物の可動性の差によって生ずる帯状分布)、
 (3)Deposition zonality(物理化学的パラメーターの変化によって生ずる帯状分布)などである。
 V.I. Smirnovの説が提唱されたころ、Kutina(1957、1965a,b)は、チェコスロバキアのPr(rのうえにvをつける)ibram(プシブラム)のplutonic mesothermal polymetallic(Pb-Zn-Ag)鉱脈鉱床の研究を基盤として、鉱液の1回限りの上昇によっておこるmonoascendent zoningと、鉱液の繰り返し上昇によっておこるpolyascendent zoningを提唱した。Kutinaは、中断なく物質が供給されて沈殿する時期をsupply period(“Zufuhrperiode”)とよび、1種類の鉱物でも多種類の鉱物でも1回のsupply periodで形成されたものはすべてmonoascendentとして取り扱っている。また、Kutinaは、macrostructure(“Makrotexturen”)に関して、α-Grenzen〔growth boundary(α)〕、β-Grenzen〔tectonic boundary(β)〕、γ-Grenzen〔metasomatic boundary(γ)〕を区別した(Kutina、1955)。Tectonic boundary(β)は、構造的に新しく開裂した割目に鉱物が沈殿したことによる境界であり、polyascendentの証拠になる。
 Kode(eの上にvをつける)ra(1963)は、チェコスロバキア、カルパチア山地のBanska(aの上に'をつける) S(Sの上にvをつける)tiabnica(バンスカ シュティアブニツア)のsubvolcanic polymetallic(Cu-Pb-Zn)鉱脈の研究で垂直的なmonoascendent zoningとpolyascendent zoningの関係を模式的に示している(第1図:略)。
 本邦において、鉱脈鉱床は、古くから開発され、帯状分布については、かなり以前から注目されており、これを利用しての探査や開発が進められてきた。本邦の鉱脈鉱床には、plutonic鉱脈鉱床とsubvolcanic鉱脈鉱床とがあるが、帯状分布の例は、とくにsubvolcanic鉱脈鉱床、なかでも多金属鉱脈鉱床に多く見られる。しかし、plutonic鉱脈鉱床のなかでも、関係火成岩の貫入がやや浅所にまで及ぶものについては、帯状分布を示すものがある。
 鉱脈鉱床における帯状分布の初期の研究としては、Kato(1928)が、西沢鉱山の鉱脈鉱床について、Au-Ag石英脈が深部でSn-W脈に変化することを示した例、山根(1937)が鹿児島県錫山鉱床群について、ほぼ2kmにわたる鉱石鉱物の帯状分布を東から西へ、Sn帯、As帯、Pb・Zn帯に移化する現象を見出した例、山口(1939a,b)が“生野鉱床の環状分布”として、はじめて生野鉱山の鉱脈鉱床における帯状分布を見出した例などがある。その後、多くの帯状分布の好例が、
 小真木鉱山(榊原、1955)、尾去沢鉱山(堀、1940;渡辺・篠原・清水、1960;清水・松永、1964)、三川鉱山(長沢、1962)、富井鉱山(西原、1964b)、足尾鉱山(Nakamura、1954、1961;草薙、1963)、紀州鉱山(小野、1969)、生野鉱山(志達、1955;丸山、1957、1959;白井・高坂・坂井、1960;田中・森・佐々木、1971)、明延鉱山(三枝、1958;阿部、1963;村岡・池田、1967;池田、1970;小島・浅田、1973)、対州鉱山(上原、1959;今井、1973)、尾平鉱山地域(Miyahisa、1961)、高隈山地鉱床群、錫山−伊作地域(Miyahisa、1961)などの鉱脈鉱床について示されている。また郷原(1967)は鉱脈下限予知の手がかりとしての帯状分布を論じている。
 これらの例の中で、長沢(1962)は、三川鉱山の鉱脈鉱床の帯状分布の形成を、下部のCu帯はせまい通路におけるアルカリ性鉱液からの沈殿であり、中部のPb・Zn帯から上部のAu・Ag帯へ向かって地下水の混入によるpH低下と開いた割目への鉱液導入という環境変化を考えているが、この例は、V.I. Smirnovのdeposition zonality(またはBilibinのdeposition zoning)の例として受取ることができるであろう。
 また、西原(1964a,b,c)は富井鉱山の銅鉱脈の帯状分布の研究で、その成因的分類を行ない、V.I. Smirnovの第1番目と第2番目の帯状分布がともに認められることを明らかにしている。
 上原(1959)は、対州鉱山の鉱脈鉱床について、下部から上方へ向かって、石英帯、磁硫鉄鉱帯、方鉛鉱−閃亜鉛鉱帯、方解石帯を区分したが、その後、今井(1973)は、この種の帯状分布について、鉱脈中および花崗岩中の流体包有物の研究から、花崗岩マグマ中に存在した高温、高塩濃度の流体がマグマより分離して上昇中、地下水により希釈され、温度と塩濃度の低下とともに鉱石が沈殿したとして、monoascendentの鉱液供給の立場で考察した。また、Imai(1966)は鉱脈鉱床における割れ目の形成の問題を取り上げ、さらにImai et al.(1975)はxenothermal鉱脈鉱床における水平的・垂直的帯状分布を全体としてmonoascendent zoningとして考察している。
 しかし、本邦の鉱脈鉱床にみられる帯状分布は、subvolcanicかplutonicかのいずれを問わず、polyascendent zoningがふつうである。とくに、錫・タングステンを伴う多金属鉱脈には、その顕著な例が認められるが(Nakamura、1971)、後の章で取上げるので、ここでは省略する。
 帯状分布の研究に際して、帯状分布の単位(オーダー)の問題も重要な意味をもっている。
 Riley(1936)は単位鉱体にみられる帯状分布に対して、ore body zoningなる名称を与えたが、後にPark(1957)は、つぎの3つのオーダーの帯状分布、すなわち、
 (1)Regional zoning(大規模なSierra Nevada batholithの南部地域に見られる広域的な帯状分布)、
 (2)District zoning(Butteのような鉱山地域に見られるzoning)、
 (3)Ore body zoning
を区分している。
 さらにV.I. Smirnov(1965)は、地向斜と造山帯の概念に立脚した地質構造の単位を考慮して、帯状分布をつぎのように3つに区分している。
 (1)Regional zoning of folded areas or zoning of ore belts(褶曲地域またはore beltの単位の帯状分布)、
 (2)Intermediate zoning in the area of ore knot or zoning of ore field(ore knotまたはore fieldの単位の帯状分布)、
 (3)Local zoning within individual deposits or zoning of ore bodies(個々の単位鉱体内の帯状分布)。
 また、地殻の単位での帯区分としては、Borchert(1951)の例がある。
 鉱床の賦存地域の区分と名称については、単位の小さいものからore bodey、ore field、ore knot、ore zone、ore district、metallogenic region、metallogenic provinceなどがあるが、これらの区分の基準は各研究者によってまちまちである。関根(1967)は、metallogenic unitの区分の問題を取り上げ、その中で、Shatalov(1967)の鉱床賦存地域の区分と名称をまとめて示している。鉱床の賦存地域の区分に関しては、地質構造単位を明確にした上で、そのオーダーに対応して鉱化帯を取り上げて、名称を与えることが望ましい方向である。帯状分布に関しても、地質体や地質構造のオーダーの区分に対応して、帯状分布を取り上げる必要があろう。
 本邦では、metalligenic provinceのオーダーの帯状分布としては、Mo-W(Sn)鉱床生成区が、花崗岩岩石区との関連で明らかにされている(石原、1973)。このMo-W(Sn)鉱床生成区は、方向性のある地域という点を考慮すれば、Shatalovの提唱したmetallogenic belt、または、metallogenic zoneの規模に相当するものと考えられる。
 本邦の鉱脈鉱床の稼行範囲は、大規模な場合3km×3km〜8km×6kmにも達するが、鉱脈鉱床の帯状分布として、従来、取り上げられているのは、主としてつぎの両者、すなわちore fieldの規模の鉱脈群の帯状分布とore bodyの規模の単位鉱脈にみられる帯状分布である。
 次章以降においては、Shatalovの提唱するore field(ないしore knot)、ore bodyの規模の帯状分布を九州外帯の新第三紀花崗岩に伴う鉱脈鉱床、すなわち尾平地域錫山−伊作地域などの鉱脈鉱床で、またore field、ore bodyの規模の帯状分布を明延、生野、足尾、紀州各鉱山地域の鉱脈鉱床について取り上げ、これを規制する地質構造、火成活動、鉱化作用との関連を考察する。』

3.九州外帯の新第三紀花崗岩に伴う鉱脈鉱床
(1)尾平式鉱床群および類似鉱床群の概要
(2)尾平鉱床を代表とする祖母傾山地域の鉱床の帯状分布と地質構造規制
(3)尾平式鉱床にみられる水平的帯状分布
4.明延・生野・足尾・紀州の各鉱山の鉱脈鉱床における帯状分布とこれを規制する地質構造
(1)明延鉱山の鉱脈鉱床における帯状分布
(2)生野鉱山の鉱脈鉱床における帯状分布
(3)足尾鉱山の流紋岩体中の鉱脈鉱床における帯状分布
(4)紀州鉱山の鉱脈鉱床における帯状分布
5.おわりに
文献