佐藤(1983)による〔『黒鉱・島弧・縁海』(1-2p)から〕


地球史の中の黒鉱型鉱床

佐藤壮郎

Abstract

1.序
 黒鉱型鉱床は、固体地球に記録されている40億年近くの地球の歴史の中で、ほぼ連続して形成され続けている、おそらく唯一の鉱床タイプである。40億年の間には、気圏・水圏を含めた地球表層部の環境・造構形式・マグマ発生の様式は大きく変化している。小論ではこのような地球史の変遷を背景に、始生代から顕生代にわたる黒鉱型鉱床の特徴を概観する。
 このような主題を扱った総括的文献としては、Hutchinson(1973)、Meyer(1981)などがあり、火山性硫化物鉱床全般の諸特性と成因はFranklin et al.(1981)に詳しいレビューがある。また地球史初期のメタロジェニーについてはLambert and Groves(1981)の優れた総括がある。本稿の内容はこれらの文献に負う所が多い。

2.火山性塊状硫化物鉱床の分類と定義
 海底火山岩の中あるいはそれに近接して存在し、層状ないしレンズ状をなす硫化物鉱石を主体とする鉱床を、一般に火山性塊状硫化物鉱床(volcanogenic massive sulfide deposits)と呼ぶ。このタイプの鉱床は、一連の火山岩−堆積岩層の中のある一定の層準に限って胚胎されることが多いので、層準規制(stratabound)という形容詞を加えることもあり、またその形態を強調するために層状(stratiform)という形容詞をつけることもある。
 “volcanogenic”ということばは、鉱床が火山活動と直接的な成因的関係があることを暗示しているので、純粋に記載的な“volcanic-associated”ということばを採用している論文もある(例えばFranklin et al., 1981)。これは特に後述する母岩に火山岩を欠く塊状硫化物鉱床(sediment-hosted massive sulfide deposits)と対応させるときに便利であるが、適当な日本語訳がない。海底噴気堆積性鉱床(submarine exhalative sedimentary deposits)は、より直接的な成因的意味合いを含み、対象となる鉱床の範囲が明確でないので、最近ではあまり使われていない。
 なお、“塊状硫化物”ということばは、例えば塊状砂岩という場合のような組織・構造上の意味合いをまったく含んでおらず、実際塊状硫化物鉱床には、縞状構造や堆積構造が発達している場合が多い。Sangster and Scott(1976)は“層状部が少なくとも60%以上の硫化鉱物からなる層準規制型鉱床”を塊状硫化物鉱床として定義している。
2.1 黒鉱型・キプロス型・別子型
 火山性塊状硫化物鉱床の分類にはいろいろな基準が使われているが、主要な基準は母岩の性質(e.g. Klau and Large, 1980)、鉱床中の主要金属成分(e.g., Hutchinson, 1973; Franklin et al., 1981)、構造的な場(e.g. Sawkins, 1976; Sillitoe, 1972, 1973)の3つである。本稿ではこれらのうち最も単純で誤解が少ないと思われる母岩の性質による分類を採用することにする。
 火山性塊状硫化物鉱床の少なくとも一部は海底に堆積した同成的鉱床であり、鉱床の形成と火山活動の間に何らかの成因的関係があることを容認したとすると、鉱床の分類基準となる母岩として鉱床と同じ層準にある火山岩(多くの場合には層状部の直下にあり、脈状〜網状の鉱化作用を受けている火山岩)に注目することが合理的である。このようにして母岩の火山岩を酸性(流紋岩〜石英安山岩)、中性(安山岩)、塩基性(玄武岩)に分類した場合に、酸性火山岩に伴われる塊状硫化物鉱床を、ここでは黒鉱型鉱床とよぶことにする。
 このように定義された黒鉱型鉱床には、島弧のカルクアルカリ質火山岩に伴われている典型的な黒鉱鉱床ばかりでなく、始生代のグリーンストン帯中の鉱床や、原生代の多くの鉱床、スペイン・ポルトガルの古生代後期の鉱床(Iberian Pyrite Belt)などのように、非島弧的な構造場で形成された鉱床も含まれる。
 本稿の主要な対象ではないが、塩基性火山岩に伴う塊状硫化物鉱床の定義についても簡単に述べておく。
 海底玄武岩はその層序から大きく2つに分けることができる。いわゆるオフィオライト層序をもつものと、超塩基性岩や斑レイ岩などのの深成岩類を欠き、砂岩や泥岩やチャート、時には石灰岩などの堆積物・化学沈殿岩と互層するいわゆる地向斜玄武岩である。一般に前者に伴う塊状硫化物鉱床をキプロス型、後者に伴うものを別子型と呼ぶことが多い(e.g. Sawkins, 1976)。
 キプロス型鉱床は海嶺での火山活動で形成されたことは明らかであるが、別子型鉱床には、紅海やカリフォルニヤ湾のような十分に拡大していない海洋底で形成された鉱床、大洋中央海嶺で生じた鉱床が海洋玄武岩と共に大陸縁に付加された場合、また、島弧での玄武岩活動で形成された鉱床が含まれうる。このようなテクトニクスの差異により別子型鉱床をさらに細分することが望ましいが、母岩類は強度の変成・変形作用を受けていることが多く、形成の場を推定することはしばしば困難である。
 Solomon(1976)によると、銅・鉛・亜鉛を主要鉱石金属とする塊状硫化物鉱床の母岩には必ず酸性火山岩が伴われ、一方、銅・亜鉛塊状硫化物鉱床と銅を主とする塊状硫化物鉱床の下盤の火山岩類は、前者で50%、後者で35%が酸性火山岩のみ、前者で30%、後者で47%が玄武岩のみから構成されている。したがって本稿で扱う黒鉱型鉱床には、銅・鉛・亜鉛を含む鉱床ばかりではなく、銅・亜鉛や銅を主とするものも含まれることになる。
2.2 堆積岩を母岩とする塊状硫化物鉱床
 堆積岩中の塊状硫化物鉱床も本稿の主題ではないが、以下の議論で何度か触れることがあるので、その特徴を簡単に述べておく。
 大別すると堆積岩中の硫化物鉱床には、陸成の赤色砂岩を母岩とするいわゆるred bed copper、浅海成の砂岩〜頁岩を母岩とするCopper BeltやKupferschiefer中の鉱床、そして厚い陸源堆積物中の主として頁岩を母岩とする鉱床、の3種がある。前2者は砕屑物の粒間を比較的少量の硫化鉱物が鉱染状に埋めているもので、定義から塊状硫化物鉱床ではない。また成因的にも、その形成には熱水溶液は関与していなかったと解釈されている(e.g., 佐藤、1979)。
 一方、厚い陸源堆積物中の鉱床は鉛・亜鉛を主とする塊状硫化物鉱床で、成因的にも火山性塊状硫化物鉱床との類似点が多い(e.g., 佐藤、1979)。カナダのSullivan鉱床、オーストラリアのMt. IsaとMcArthur鉱床が代表的な例で、Sediment-hosted(Large, 1980)、ないしはSullivan型(Sawkins, 1976)あるいはMcArthur型(Lambert, 1976)と呼ばれている。鉱床形成の構造的場は、大陸分離初期の伸張場に生じたaborted riftあるいはaulacogenと解釈されている(Sawkins, 1976)。 』

3.始生代の黒鉱型鉱床
3.1 始生代の地質環境
3.2 始生代のグローバル・テクトニクス
3.3 始生代の黒鉱型鉱床
 Isua層中の層状硫化物鉱化作用
 アフリカおよびオーストラリアのグリーンストン帯中の塊状硫化物鉱床
 カナダ盾状地の塊状硫化物鉱床
4.原生代の黒鉱型鉱床
4.1 原生代の地質環境
4.2 原生代のグローバルテクトニクス
4.3 原生代の黒鉱型鉱床
 Churchill区とJerome地域の塊状硫化物鉱床
 スカンジナビア半島の塊状硫化物鉱床
 サウジアラビアとモロッコの塊状硫化物鉱床
5.顕生代との比較
5.1 顕生代の黒鉱型鉱床
5.2 鉱床形成の場のテクトニクス
5.3 鉱床に伴う火山岩の化学組成
5.4 鉱床構成元素の量比
6.結言
文献