足立(1998)による〔『エントロピーアセスメント入門』(24-30p)から〕


1 エントロピーとは?
 エントロピー(entropy)は、一口で言えば、物の秩序だった状態の程度を表す指標であり、乱雑さ、またはエントロピーの利用可能の度合いを示す概念である。エントロピーが高いということは、エネルギーの利用可能度合いが小さく、利用しにくいということを意味し、エントロピーが低いということは、エネルギーの利用度合いが大きいということを意味する。
 エントロピーの概念を用いて環境問題を論ずることはいくつかの観点で有効である。エントロピーの概念は環境問題に関して、我々が適切な対処を検討し、実施する際に、多くの示唆を与えてくれるからである。例えば、政策立案時において、資源・エネルギーの有効利用、再生資源の活用などの環境対策が、我々の一連の生産・消費活動を含めたトータルなシステム系において、適切か否かを判断する際、有用なのである。
 なお、「エントロピー」は非常に難解な概念で誤解を招きやすく、拡大解釈されたり、過度に比喩的に用いられたりされがちなので、「エントロピー」という用語を使用する場合には、このことに注意して用いることが肝要である。言葉の持つ意味を十分に理解したうえで用いることが重要である。
 本書においては、「地球への優しさ」指標としてエントロピーを象徴的に扱いつつも、単にこれに留まらず、実際の評価においては、具体的に製品の生産などに関連して、トータルな意味で消費エネルギーを最小とする、換言すれば、エントロピーミニマムな評価を行うことを基本的な考え方として、具体的に評価を行うということである。
 ここでまず、基本的考え方となるエントロピーについて、そもそもどういう概念なのかということについて、触れることとする。
 エントロピーという言葉を最初に用いたのは、ドイツの物理学者であるクラウジウス(Rudolf J.E.Clausius)であり、彼が1865年に命名したものである。当初は、彼は、equivalent value of transformation、すなわち「(エネルギー)変換の等量値」という言葉を用いていたが、ギリシャ語の変化という言葉にちなんでエントロピーと名づけたものである。クラウジウスは、エントロピーを熱と温度の商で与えられることを示した。すなわち、絶対温度Tにおいて系が平衡変化によって微少の熱量dQを受け取ったときに、系のエントロピー変化dSは、
   dS=dQ/T
として定義できるというものである。このとき、外界との間に熱や仕事のやり取りはあるが、物質の出入りのない閉じた系(閉鎖系:closed system)、または、外界との間においていっさいの相互作用を持たない系(孤立系:isolated system)において、状態Aから状態Bへ常に熱平衡(thermal equilibrium)を保つように変化するのなら、dQ/Tの変化の総量はAからBまでのルートによらず、一定となるはずである。これは、エントロピーは、系が熱平衡の状態にあるとき、その状態によって一義的に定まった値を取る物理量(=状態量:state quantity)であることを意味する。
 さて、一般に、系の全エントロピー変化は、以下のように、外界との熱のやり取りによるエントロピーの変化および、系の内部で生成されるエントロピーの変化の和で表される。
   dS=dSe+dSi
 このとき、孤立系では外界との間にいっさいの相互作用がないので、dSe=0となる。しかしながら、孤立系においても、系の内部から生成するエントロピーの変化により、自発的な変化(dSi>0)がおこる。この場合、孤立系のエントロピーの変化はdS=dSiで表される。
 エントロピー増大の法則
 孤立系のエントロピー変化が自発的な変化はdS=dSiで表されるが、ここで重要なのは、「孤立系の状態の変化はエントロピーが増大する方向で起こる」という現象であり、これは、「エントロピー増大の法則」として一般に呼ばれている。換言すれば「閉じた一つの系内のエネルギーの質は必ず低下する」というものである。
 「エントロピー」と同様に、「エントロピー増大の法則」も、今日多くの科学、工学などの分野で用いられており、それぞれの分野において理解されやすいように解釈しなおしたうえで再表現されているが、この法則が「熱力学第二法則」として位置づけられていることからもわかるように、エントロピー増大の法則は、当初からそして最も頻繁に、熱力学の立場で説明されてきた。「あるエネルギー状態から他のエネルギー状態へ変化する際に利用不可能な熱、すなわち“廃熱”が必ず発生する」、または「熱が高温部から低温部へ移ることは不可逆的であり、低温部から高温部へ熱が自然に移ることはけっしてあり得ない」というものである。最も洗練された表現は、「自発的な変化は不可逆である」であり、一方、具体的には「高温熱源T1と低温熱源T3の間で作動する熱機関サイクルのうちで、最も効率の高いものはカルノーサイクルである」である。カルノーサイクルは、高温熱源T1から熱流Q1を取り、低温熱源T3へ熱量−Q3を放出する過程で、外界に仕事−Wを行う機関であり、1824年、フランスの工学者サジ・カルノー(Nicolas Leonard Sadi Carnot, 1796〜1832)が考察したものである。カルノーサイクルが準静的に行われる可逆サイクルでは、可逆熱機関の効率は、
   −W/Q1=(Q1+Q3)/Q1=(T1−T3)/T1
で表され、効率ηrは熱源の温度のみで決まることとなる(「カルノーの定理」と呼ばれる)。これの意味するところは、実際の熱機関は上記の説明にもあるように、不可逆機関であるから、不可逆カルノーサイクルの効率は可逆カルノーサイクルの効率より小さいということになる。
 その後、オーストリアの物理学者ボルツマン(Ludwig Boltzmann, 1844〜1906)は、物質が原子や分子など膨大な数の単位粒子から成り立っていることから、エントロピーを説明しようとした。エントロピーは、膨張、昇温、融解、蒸発、混合などさまざまな変化によって増大するが、ボルツマンは、これらを系の構成粒子の存在様式からみて、エントロピーと分子配置の乱雑さとの間に直接的な関係があることに着目し、「ボルツマンの原理」と呼ばれる系の巨視的記述と分子配置といった微視的記述の関係式(対数関係)を明らかにした。この原理はその後、物質のエントロピーを求める際の式となり、現在までに多くの物質のエントロピーが求められている。図1.5(略)に単体物質の25℃における標準エントロピーを参考までに示す。いずれにせよ、あらゆる物質は粒子数、圧力、温度といった物質系の状態により、一意的に定まるエントロピーを有している。
 地球資源的視点とエントロピー
 クラウジウスは熱力学の立場から、ボルツマンは化学の立場から、エントロピーを記述した。このようなことを十分に理解したうえで、ここでは物質におけるエントロピーミニマムという観点からも説明する。すでに述べたように、生物資源、エネルギー、鉱物資源、環境資源については、人類の成長にとって、多かれ少なかれ制約要因となる。このような状況のもとで、持続的な成長のためには、地球資源の再生が重要となるが、熱力学の第二法則を物質に適用すると次のようになろう。
 「どのような利用の場合でも、原料の一部分はリサイクルできないほど他の原料と混ざっている。100%の再利用などある得ない」(F.シュミット・ブレーク著:ファクター10〜エコ効率革命を実現する)。つまり、あらゆる製品は多様な原材料により構成されているが、それが、例えば、再使用、再活用、廃物利用などの多様なリサイクルのプロセスを経たとしても、何のエネルギー投入も得ずに、もとの製品に戻ることはないし、また、相当のエネルギーを費やしても完全にすべてを利用するのは難しいということである。「ファクター10」では、これをエネルギーとのアナロジーで“エントロピー原理”と呼んでいる。再生利用には限界があるということである(もちろん、単にエントロピーの観点による限界だけでなく、コスト面の制約によるリサイクルの限界があることも忘れてはならない)。
 地球資源的には、エントロピーの小さい状態の資源ほど有効価値が高いといえる。また、エントロピーは、閉じられた系では必ず増大して利用価値が失われるので、できるだけ有効利用することと、宇宙という無限の系の活用を図る必要がある。』