友清(1995)による〔『プルトニウム』(32-37p)から〕
『1-2 プルトニウムの化学・物理的性質
よたよた軍人のカバン
純粋なプルトニウムは、鉄のような色をした金属である。融点は摂氏640度で、沸点は3235度。原子核を構成する陽子の数、すなわち原子番号は94.したがって比重も非常に大きいが、結晶の構造によって違いがあり、おおよそ16から20である。仮に10センチ角の直方体の塊があったとすると、その重さは16キロから20キロ。鉛の1.5倍である。
マンハッタン計画によって、カリフォルニア州ハンフォードで抽出されたプルトニウムは、溶液の形でネバダ州ロスアラモスの原爆組み立て工場に運ばれた。その第一便は軍人がカバンに入れて列車で運んだ。それほど大きなカバンでもないのに重そうに駅の階段をよたよたと昇る姿を見た駅員が、病人かと思って手をさしのべようとした、というエピソードが残っている。
もっとも、このエプソードには少し疑わしい面がある。後に述べるように、プルトニウムは特に溶液の場合、ほんの少量でも自然に核分裂を起こして爆発してしまう。だから一度にはごく少量しか運べないはずだ。カバンが重かったとしたら、プルトニウムの重さのせいというよりも、放射線を遮蔽する物質のせいではなかったろうか。
プルトニウムは、核兵器の中では金属のままに保つように工夫されているが、通常は空気に触れるとただちに酸化して酸化プルトニウムになる。この酸化は激しく「燃える」と表現してよい。これが取り扱い上で厄介な点のひとつである。しかも燃えると微粒子になり、後に述べるように、人体にとって非常に危険になる。
元素の寿命−半減期
原子炉の中でウラン238が中性子を捕獲すると、まず、ウラン239になる。ウランは陽子の数が92個と決まっており(逆に原子核の中の陽子の数が92個のものをウランと呼ぶといった方がいいのかもしれない)、ウラン238では238−92の146が中性子の数ということになる。ウラン239はそれよりも中性子が単純に1個増えただけのものだ。
ウラン239は、ある時間がたつと原子核の内部で1個の中性子が陽子に変わって、電子が飛び出してくるという現象が自然に起こる。これが前に述べたベータ崩壊である。
ある時間というのはどれくらいの時間だろうか。
中性子が陽子に変わるというのは確率的な現象である。つまり、原子核を1個だけ取り出して眺めていても、それが1秒後にベータ崩壊するか、それとも1万年後に崩壊するかはわからない。ただ莫大な数の原子核があれば、その内のたとえば半数がベータ崩壊する時間は厳密に決まっている。これが「半減期」と呼ばれるものである。このように、量子力学では、ミクロに見れば将来を何も予言できないが、マクロに見れば正確に予言できるということがある。
ウラン239の半減期は23分である。仮に1グラムのウラン239があったとすれば、23分後には0.5グラムがベータ崩壊して別の原子核になる。残った0.5グラムもまた23分後にはその半分の0.25グラムがベータ崩壊する。
半減期の10倍の時間がたつと、残っている元の原子核の量は、2分の1の10乗、つまり約1000分の1になる。1万分の1になるのが、半減期の13倍から14倍の時間がたつ間で、10万分の1は16倍から17倍の間ということになる。
このように、元の物質が一定の比率で減少していくということは、絶対量でみると、最初のうちは急速に減るが、次第に減る量は小さくなっていくことである。理論的にはいつまでたってもゼロにはならないが、実用的にはある期間たつと無視していい量になる。
さて、ここにAとB2種類の放射性物質が同じ量だけあるとしよう。半減期はAが1年、Bが2年とする。Aの原子核の半分は、1年後には放射線を出して崩壊して別の元素になっている。Bでそうなるのは2年後だ。ということは、同じ時間内ならAはBの2倍の放射線を出すことになる。このように、放射線を出す能力である「放射能」は、半減期に反比例する。
さらに、放射性物質1グラム当たりの放射能を「比放射能」という。ただし、前の説明で「同じ量」といったのは「同じ数の原子核」を意味した。1グラムの物質には何個の原子核があるかというと、それは質量数に反比例する。したがって、比放射能が半減期に反比例するわけではない。それでもウランやプルトニウムのような大きな質量数の原子核では、同位体の質量数の違いが相対的に小さくなるので、比放射能はほぼ半減期に反比例するといえる。
比放射能は人体影響を考える時には重要な指標である。
プルトニウム同位体
ウラン239がベータ崩壊すると、陽子の数が1つ増えて93個になる。これがネプツニウムである。この時には中性子の数が1つ減っているので、中性子数と陽子数の合計である質量数は変わらない。したがってこのネプツニウムはネプツニウム239である。
ネプツニウム239もベータ崩壊してプルトニウム239になる。この崩壊の半減期は2.4日である。発電用の原子炉では通常、燃料は3年間ほど使われ、これと比べると2.4日というのは非常に短い。したがって、原子炉の中で起こっている核反応を考える時には、ウラン239やネプツニウム239を経るといった途中経過は無視して、ウラン238からいきなりプルトニウム239ができると考えても差し支えない。
プルトニウム239は、アルファ粒子を出すアルファ崩壊をするが、その半減期は2万4100年ととてつもなく長い。このため、出てくる放射線の問題を別にして、プルトニウム239の量に関しては、事実上は時間がたっても自然に減ることはないとしてかまわない。
地球ができた頃には、プルトニウムもできていたと思われる。しかし、太陽系を構成する原子が誕生してからの100億年と比べると、半減期は非常に短い。このため、これまでにすべて崩壊してしまったのであろう。もっとも、最近になって、自然界には現在でもウラン鉱石の中などにプルトニウムが超微量だが存在することがわかってきた。これは、ウランが自発的に核分裂し、その時にできた中性子で生じたものと考えられている。
原子炉の中では、できたプルトニウム239にも中性子がぶつかる。そうすると一部は核分裂して発電用のエネルギー源になっている。どれぐらいの量がプルトニウムが核分裂している(これを「核燃料が燃える」と表現する)かは、燃料が新しい時と、かなり燃やして古くなった時とでは非常に異なる。だが、平均すると、発電用原子炉で生じるエネルギーの30パーセント程度が、プルトニウムが燃えて出てくるとされている。
残りの一部は核分裂しないで、中性子をただ捕獲し、プルトニウム240になる。これは半減期6600年でアルファ崩壊する。プルトニウム240がさらに中性子を1個捕獲すると、核分裂しないでプルトニウム241になる。こちらは半減期13.2年でベータ崩壊してアメリシウム241になる。これにさらに中性子がぶつかると一部は核分裂し、一部は捕獲してプルトニウム242になる。同位体の数字がたくさん出てきたが、これでようやく、主要なプルトニウム同位体が出そろったことになる(1-8)。
1-8 プルトニウムの同位体
Pu同位体 |
半減期 |
崩壊形式 |
比放射能 |
プルトニウム236 |
2.85年 |
α |
531.3 Ci/g |
プルトニウム239 |
24100年 |
α |
0.0620 |
プルトニウム240 |
6600年 |
α |
0.227 |
プルトニウム241 |
13.2年 |
β |
112 |
原子炉に新しい燃料を入れて運転を始めた場合、まず最初にはプルトニウム239がどんどんできてくる。しばらくたつとプルトニウム240が、そのまた次にプルトニウム241ができてくる。プルトニウム239の方は、次々とできはするものの、プルトニウム240に変っていくものも次第に増えてくるために、増えかたは急速に落ちていき、さらに燃やし続けると、プルトニウム239の量は少しだが減り始める。
プルトニウムの燃やし方
ウラン235からできるものも含め、4種類のプルトニウム同位体の量が、運転とともにどう変っていくかを示したのが次ページの1-9(略)のグラフである。横軸の燃焼度というのは、1トンのウラン燃料当たりどれだけの熱量(単位はメガワット/日)を発生させたかということを示す数字である。日本の原発では、2万5000〜3万メガワット/日程度になった時に「使用済み燃料」として原子炉から取り出すのが普通だ。もっとも最近ではもっと長く燃やすようになりつつある。
このグラフを眺めてみれば、邪魔なプルトニウム240(なぜ邪魔かは後述)をできるだけ少なくし、高純度のプルトニウム239が欲しい軍事用のプルトニウム生産炉では、ウラン燃料を軽くあぶっただけで取り出して再処理したほうがよい理由が分かってくる。
プルトニウムにはいくつかの同位体があるが、そのうち原子炉のなかでできやすいものはプルトニウム239、240、241、242の4つである。さらにこの中で核分裂を起こしやすいのはプルトニウム239と241だ。というのは、原子核の性質のある部分は、それを構成している中性子と陽子の数がそれぞれ奇数か偶数かによって決まってくるからである。
奇数か偶数かは「パリティー」と呼ばれている。プルトニウム239と241のパリティーで共通しているのは、陽子の数が偶数で、中性子の数が奇数であること。こういう組み合わせが、後述する核分裂のしやすさを示す指標の1つ「核分裂断面積」が大きくなる。そういえば、ウラン235も陽子数が92で偶数、中性子数が143で奇数だ。一方「燃えないウラン」と言われるウラン238は、陽子数が同じで偶数だが、中性子数が146で偶数となっている。
軍事用と発電用でのプルトニウム組成
商業用の発電用原子炉では、通常は最も効率よく発電できるように設計して、運転される。これに対して軍事用のプルトニウム生産炉では、核爆弾の材料として一番適しているプルトニウム239が高純度で生じるように設計し、運転される。このため、発電炉の使用済み核燃料を再処理して取り出したプルトニウムと、軍事用でできるプルトニウムとは同位体の比率がかなり違っている。例えば、プルトニウム輸送船「あかつき丸」が、1993年1月にフランスから日本に持ち帰ったプルトニウムの同位体の割合は、プルトニウム238が1.2パーセント、239が63.3パーセント、240が23.6パーセント、241が8.0パーセント、242が3.9パーセントだった。
この同位体の比率は、商業用の軽水炉の代表的なものだが、実は、日本の軽水炉のものとはほんのわずかだが、違いがある。日本のものより若干長く燃やした使用済み燃料から取り出したプルトニウムと考えられる。
この点を反原発グループから指摘されて、科学技術庁は「フランスの再処理工場では、日本の使用済み燃料もヨーロッパのものも区別しないで扱っており、日本が再処理を委託した使用済み燃料から出たのと同じ量が帰って来たので問題ない」とした。
かつて、モチ米をもっていくと、それをついてモモにしてくれる賃モチ屋というのがあった。あちこちから持ち込まれたモチ米をいっしょにしてモチにするので、帰ってくるモチは、もって行ったモチ米からできたものとは限らない。要は、持ち込み量と帰ってくる量とが同じならそれでよかった。これと同じことだというわけである。
余談になってしまったが、米国をはじめとして西側諸国の商業用炉はだいたいこれと同じである。ただ、イギリスの黒鉛減速ガス冷却型(日本にもこの型が東海村に1基だけある)では、プルトニウム239がこれよりも10パーセントほど高い。
西側とは隔絶されて独自に開発された旧ソ連ではどうか。
1993年3月に東京で開かれた『核軍縮と核不拡散に関する国際ワークショップ』で、ロシア連邦原子力省の担当官が明らかにした数字がある。これによると、旧ソ連の発電用原子炉のうち、西側の主流となっているのと基本的には同じ軽水炉では、日本のものとほぼ同じで、ややプルトニウム242が多いぶんだけ239が少ない。だが、1986年に爆発事故を起こしたチェルノブイリ原発と同じタイプの黒鉛減速軽水冷却型では、プルトニウム239が44パーセントしかなく、その代わりに240が40パーセントもある。
これに対して、軍事用のプルトニウムの同位体については核兵器をもっているどの国も公式には発表していない。ただ、ストックホルム国際平和研究所のデータによると、典型的なものはプルトニウム239が93パーセント、240が6.5パーセント、241が0.5パーセントとなっている。その他の同位体はほとんど混ざっていないという(1-10)。
1-10 核兵器用と核燃料用のプルトニウム同位体組成
Pu同位体 |
核兵器用(%) |
核燃料用(%) |
プルトニウム238 |
0.01以下 |
2.0 |
プルトニウム239 |
94以上 |
56.4 |
プルトニウム240 |
6以下 |
23.9 |
プルトニウム241 |
0.25以下 |
11.3 |
プルトニウム242 |
0 |
6.4 |
あいまいな軍民境界
前述のように、質量数が偶数のものは核分裂を非常に起こしにくい。したがって、それらが多い商業用原子炉の使用済み燃料から抽出したプルトニウムは、核兵器の材料には適さない。
だが、それでは核兵器が作れないかというと、かならずしもそうではない。1977年にアメリカで秘密指定を解除された文書によると、アメリカでは1962年に、試みに原子炉級プルトニウムで核兵器を作って爆発させたことがある。いちおう爆発したが、性能は当然のことながら、高品質のプルトニウムを使ったものよりもかなり低かったとされている。
さらに、軍事用原子炉と発電用原子炉の区別はあいまいなところがある。両者には、本質的な技術的違いはないといってよい。一番大きな違いは運転のしかたに過ぎない。つまり、長く運転していると、できたプルトニウム239が再び中性子を吸収してプルトニウム240になってしまうので、高純度のプルトニウム239を得るには、すこし運転しただけで取り出し、再処理すればよいのである。
実際にも、軍事用と発電用を兼ねた原子炉は世界にはまれではない。日本の最初の商業用発電炉東海1号と同じタイプの英国のマグノックス炉がそうであるし、旧ソ連で大爆発事故を起こしたチェルノブイリ原発など黒鉛炉(1-11:略)もそうであるといわれている。
チェルノブイリ型の原子炉は、核兵器用のプルトニウム製造も兼ねていたのでは、といわれているが、先にみたプルトニウム組成では、プルトニウム240の割合が非常に大きい。
運転方法しだい
これは運転方法によるものであろう。極端にいえば、軍事用原子炉は燃料交換を頻繁にしやすいように設計されているだけである。軽水炉では、燃料を交換するためには、運転を止めて炉心のふたを開けなければならない。これに対してチェルノブイリ型炉では、軽水炉のように炉心をすっぽりと納める圧力容器がなくて、少数の燃料棒を納めた圧力管が多数あって、運転しながら一部の圧力管の燃料だけを交換することが可能である。軍事用プルトニウム生産のために、一部の圧力管で軽く燃やしてすぐに取り出すといった使い方も容易にできるのである。
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が、黒鉛炉で原爆開発を試みているのではないかと国際的に問題になった時に、黒鉛炉を閉鎖する代わりに、軽水炉を提供することにしたのも、軽水炉では軍事用プルトニウムが作りにくいからである。ただし、作りにくいだけで、作れないわけではないことを再確認しておきたい。
再処理で仮にプルトニウムを完全に分離、精製できたとしても、先にみたようにプルトニウム241が自然に崩壊してアメリシウム241に変わる。この量を調べることで、プルトニウムが精製されてからどの程度の時間がたったかがわかる。アメリシウムはプルトニウムの新鮮度の指標になるのだ。
アメリシウム241は半減期458年でアルファ崩壊する。この時には同時にガンマ線も出すので、これを測定すればアメリシウムの濃度を推定することができるのである。』