藤井(1985)による〔『天然原子炉』(4-8p)から〕


2 “天然原子炉”発見のニュース
 1972年9月25日午後6時、フランス原子力庁は特別発表をおこない、「フランスのピエールラットにあるウラン濃縮工場で、天然ウランから作られた六フッ化ウラン中の、ウラン235の同位体存在比に異常が発見された。この原因は自己持続性の核分裂連鎖反応によるものである」ことを明らかにした。
 このニュースの内容は驚くべきものであった。何故なら、同位体存在比は天然元素についてはほぼ一定であることが常識であったし、その上、その原因は「自然発生的なウランの核分裂連鎖反応によるものである。言葉を換えるならば、自然現象として原子炉が誕生し、長期間機能して、その化石が今日、われわれの目前に在る」というのである。
 この情報は、当然、全世界に伝えられた。わが国では1972年9月26日夕刊で、毎日新聞と日本経済新聞が、それぞれ「パリ25日AFP−時事」および「パリ25日共同」の情報として次のように報道している。
 「『今から十数億年前の先史時代に、アフリカはガボンのジャングルの中で“天然原子炉”が作動していた証拠が発見された』と、25日、パリで開かれたアカデミー・フランセーズの会議でペラン前仏原子力委員長が明らかにした。それによると、この“原子炉”はフランスビルの北西60キロにあるオクロ・ウラニウム鉱床に自然に形成された。作動時間は不明だが、約17億年前にウラン235の含有量が3%あったころ、同鉱床の中で自然発生的な連鎖反応が起き始め、十億年以上前にストップしたのではないかとされている。現在、軽水型原子炉に使われている核燃料のウラン235の含有量も3%である。この“天然原子炉”は、やがてウラン235の含有量が連鎖反応をひき起こす臨界質量の達成に必要な水準以下に落ちたため自然に作動をやめ、今では化石となっている」(毎日新聞)。
 また、「パリ25日共同」では、「フランスのCEA(原子力委員会)は25日、ガボン(赤道アフリカ)のオクロ鉱山からとれた天然ウランの中に含まれるウラン235の量が0.64%と正常の0.72%に比べ異常に低い事実を発見、そこからオクロ鉱山では17億4千万年前頃に現在の軽水炉中におけるような連鎖反応がおきたという事実を突きとめたと発表した。もし同様な事実がほかの鉱山でも発見された場合には、ウラン市場では規格を制定し直さなければならないし、工業的にも重要な問題を提起する。いずれにしても科学的にきわめて重要な発見で、CEAではオクロ鉱山を開発しているフランスビル・ウラン鉱山社に採掘停止を依頼、さらに突っ込んだ研究に着手した」(日本経済新聞)。
 「AFP−時事」は科学的内容を伝えたが、「共同」は濃縮ウランの原料としての天然ウラン市場に混乱の起ることを示唆しているのは興味深い。
 この本の巻頭にかかげたフランスのル・モンド紙の論文の抜粋が、世界最初の原子炉を建設したフェルミをimitatornの地位に落してしまうほどの表現をとっているのも、いかにもフランスらしい。とにかく、このニュースは地球科学、放射化学、あるいは同位体化学などに関心ある人々にとっては、驚くべきニュースであった。
 先に述べたフランスの原子力庁の発表につづいて、フランスの科学アカデミーの機関誌である“Compte Remdu”誌に2つの学術報告が掲載された。その1つは1972年10月16日付のボーデュらによる「ガボン産ウランに見られた同位体組成の異常について」である。この報告は、これから紹介されるオクロの天然原子炉にかかわる最初のもので、はなはだ重要なものであるので、その内容を少し詳しく筆者の説明を加えながら述べることにする。
(1) 1972年6月のはじめ、フランスのピエールラットにあるウラン濃縮工場で、天然ウランから作られた六フッ化ウラン中のウラン235の同位体存在比にわずかの異常のあることが発見された。この30年間、天然ウラン中のウラン235の同位体存在比についての多くの研究例から判断すると、その値は0.720%であると考えられ、この異常が発見されるまでに、この値から1/1000以上の偏差を与える値は観測されたことがなかった。原子力庁は、同位体分析による追跡調査の結果、異常の原因が、アフリカのガボン共和国のオクロ・ウラン鉱床から産出した鉱石にあることを突きとめた。この鉱床は、1961年以来採掘されているムーナナにあるウラン鉱床から南に2kmの位置にあり、フランスビル・ウラン鉱山会社、Compagnie des Mines d'Uranium de Franceville(COMUF)によって1970年夏から採掘されていたものである。
 同位体分析の結果では、「オクロ鉱床とムーナナ鉱床のそれぞれから採掘された鉱石の混合物に見られたウラン235同位体存在比の異常は、これらを処理したムーナナ工場からの粗製ウランについても同様に確認され、採掘された鉱石中のウラン濃度が高い程、ウラン235の同位体存在比が小さくなる」ことが確認された(図9参照:略)。
 観測されたウラン235の同位体存在比は、ウラン数トンを代表するような試料では、0.621〜0.640%に達し、また、ウラン数百グラムを代表するような局部的試料については、0.592%および0.440%という驚くべき値がえられた。これとは逆に、ある試料では0.730%という値をえたと、ボーデュらの報告には述べられている。〔筆者注:ウランが劣化(ウラン235の同位体存在比が天然の値より小さいこと)しているだけでなく、天然ウラン中のウラン235の標準濃度は0.720%であるから、0.730%の観測値はウラン235が濃縮されていることを意味しているが、もしこれが事実であるとすると、後に8章で詳しく述べるが、天然原子炉中で作られるプルトニウム239が生成した位置から移動したということになる。何故ならプルトニウム239は、半減期24,100年をもってα壊変をしてウラン235になるからである。このボーデュらの報告では、サンプリング位置は述べられていない。フランスビル・ウラン鉱山会社の技術者の中には、この報告の事実に懐疑的な人もいる。さらに検討してみる必要があるように筆者は考えている。ウラン235の同位体存在比が天然の値より高いという報告は、今のところこれ以外にないのである。〕
(2) オクロ鉱床はムーナナ鉱床と同様に、地質学的には、フランスビル堆積盆地の南西縁近くに位置している。堆積によって埋められた部分に“フランスビリアン”Francevillienという名称が与えられている。ルビジウム・ストロンチウム法による年代測定の結果、その生成の絶対年代は17.40±0.20億年であった。(筆者注:この年代測定については、6.4節において少し詳しく述べる。)
(3) この現象については、地質学者、鉱物学者、化学者および物理学者らによって詳細な研究が実施されつつある。この現象が特殊なものでないと断定されるならば、天然ウランの再定義が必要になる。現在、2つの仮説が、この異常の起源を説明するために検討されている。その1つは、天然の同位体分離であり、他の1つは、核分裂連鎖反応である。以上がボーデュらの報告の概要である。
 “Compte Rendu”誌に掲載された第2の報告は、1972年10月23日付のもので、ミシェル・ヌイーイらによる「オクロ鉱床における天然の核分裂連鎖反応の、はるかなる過去における存在について」と題するものである。この報告は、ボーデュらの先に報告の最後に述べられた“異常の起源”を説明する仮説の内、“核分裂連鎖反応”説の立場をとるもので、見事にそれを説明している。この報告については、5章においてやや詳しく説明するので、その詳細はここでは述べないが、ミシェル・ヌイーイらは、3.6節に述べる黒田和夫の“天然原子炉”説(1956年)について特に言及し、黒田の述べた条件、すなわち、オクロ鉱床における古い鉱床の存在、高濃度ウランの大きな塊の存在、中性子捕獲断面積の大きい元素つまり“中性子毒”の濃度が低いこと、問題となる時機の水の存在など、核分裂連鎖反応の実現に必要な環境条件が、オクロ鉱床において同時に満たされており、その結果として臨界が達成されたと述べている。この報告では、最後に、「Aussi, y a-t-il peu de doutes que le gisement d'Oklo a bien ete le siege d'une tres ancienne reaction naturelle en chaine de fission(かくして、オクロ鉱床が非常に古い天然の核分裂連鎖反応の舞台であったことに、少しでも疑いがあるであろうか?」と述べて、この報告を結んでいる。』