藤井(1985)による〔『天然原子炉』(11-17p)から〕


3.2 核分裂
 1939年、ドイツのカイザー・ウィルヘルム研究所のハーンとシュトラスマンは、ウランに中性子を照射したときに生成する放射性核種について放射化学的検討をおこない、バリウムとクリプトンの同位体の存在を確認し、ウランの原子核が2つに分裂することを発見した。
 〔1/0〕n(中性子)+〔235/92〕U → 〔236/92〕U → 〔A1/Z1〕F1(核分裂片1)+〔A1/Z1〕F1(核分裂片2)………(1)
(注:元素記号の前の〔a/b〕のような記号は、その元素の左上にa、左下にbをそれぞれ書くことを示す。中性子などの場合も同じ。)
ここに。A1+A2=236、Z1+Z2=92………(2)
 核分裂現象を式で表わすと前頁(注:上記)のようになる。つまり、質量数1、原子番号0の中性子が、質量数235、原子番号92のウランの原子核と反応し、質量数236、原子番号92のウランの原子核が生成される。しかし、この核は不安定であるので、その約80%程は、2つに分裂してしまう。残りは、半減期2.34×10^7年の放射性核種〔236/92〕Uになる。核分裂した結果発生した2つの“カケラ”は、核分裂片と名づけられており、この対をなす2つの核分裂片の質量数A1およびA2、また、電荷を表わすZ1およびZ2は(2)式に示されるような関係をもっている。この2つの核分裂片のもつ運動エネルギーはきわめて大きく、互いに180゚の方向に〜90MeVおよび〜60MeVのエネルギーをもって飛び、熱エネルギーに変る。この熱を利用するのが原子力発電である。
 この2つの核分裂片F1、F2は非常に不安定で、まず中性子を放出して準安定核となる。このときの中性子の数をそれぞれν1、ν2とすると、電荷はそのままで、質量数がそれぞれν1およびν2だけ少ない原子核に変化する。
 つまり、
 〔A1/Z1〕F1 → ν1〔1/0〕n + 〔(A11)/Z1〕F1
 〔A2/Z2〕F2 → ν2〔1/0〕n + 〔(A22)/Z2〕F2   ………(3)
 この準安定核も、陽子の数に比べて中性子の数が多すぎて不安定なので、β-(注:-はベータの右上に書かれる)壊変を繰り返して安定核種になろうとする。これを式で示すと、
 〔(A11)/Z1〕F1 →(β-)→ 〔(A11)/(Z1+1)〕F'1 →(β-)→〔(A11)/(Z1+2)〕F''1 →(β-)→………、
 〔(A22)/Z1〕F2 →(β-)→ 〔(A22)/(Z2+1)〕F'2 →(β-)→〔(A22)/(Z2+2)〕F''2 →(β-)→………    ………(4)
このβ-壊変でつながっている壊変系列は、フィッション・チェーンとよばれている。この(4)式から判るように、フィッション・チェーンにおいては、原子番号は変るが、質量数はA11またはA22で変らない。そこでフィッション・チェーンは質量数で特徴づけることができる
 核分裂が起ったとき、(1)式のA1、A2、Z1、およびZ2は1組の定まった値ではなく、いくつかの値をとることができる。どのような質量数のフィッション・チェーンが、どんな割合で生成されるか(これを核分裂収率という)は、質量収率曲線で知ることができる。〔235/92〕Uの場合の質量収率曲線を図2(略)に示した。横軸は質量数、縦軸は収率(%表示)で、対数で表示されている。また核分裂収率を表1(略)に示す。
 図2の曲線の形は、核分裂しやすい物質−これを核分裂性物質という−例えば〔239/94〕Pu(プルトニウム)、〔233/92〕U(ウラン)によって変り、また、照射する中性子のエネルギーによっても変るが、ここでは詳しく述べない。ここでは熱中性子による場合の〔235/92〕Uの質量収率曲線のみに注目しておいていただきたい。
 さて、先に述べた各々のフィッション・チェーンは、何回β-壊変を続けるかは一定していないが、5回位が最も多い。この系列の途中で、質量数87、88、89および90の臭素と、137、138および139のヨウ素は、中性子を放出して質量数が1だけ少なくなったフィッション・チェーンに移ることがある。このときの中性子を、先の核分裂で直ちに発生するν個の即発中性子に対して遅発中性子といい、原子炉の出力制御に重要な役割を果すが、本書の範囲を越えているので事実の記述のみに留めておく。
 表2(略)に、後の考察で必要になるネオジムを最終の安定核種とするフィッション・チェーン(質量数:141〜150)の例を、その収率と共に示した。この表の左端に位置する核種は、(4)式の核種
 〔(A11)/Z1〕F1
に対応しており、stは安定核種を意味している。表中の数字は半減期を示しており、sは秒、mは分、hは時間、dは日、そしてyは年を表わしている。
 表の左側の核種は、(4)式に示すようにβ-壊変を繰り返して矢印の方向に原子番号を増加していく。このフィッション・チェーンの各々にはこれと対応する
 〔(A22)/Z2〕F2
を最初の核種とするフィッション・チェーンが存在することはもちろんであり、この対応する2つのフィッション・チェーンの収率は互いに等しい。
 核分裂から生れるフィッション・チェーンに現れる放射性各種の半減期は様々で(表2参照)、寿命が秒のものもあれば年単位のものもあり、一定しない。最も長寿命のものは、半減期で表わすと、〔129/53〕I(1.7×10^7年)、〔107/46〕Pd(7×10^6年)、〔135/55〕Cs(2×10^6年)などである。これらのフィッション・チェーンに属する核種を一括して核分裂生成物とよんでいる。これらが、使用済核燃料の放射能の大部分を占めている。これをいかに処分するかが重要な問題となるが、これについては後述する。』