広渡文利(1964):マンガン鉱物と鉱石(1)地質ニュース、1964年6月号、118、1-10.



注:原著では、句点には『.』、読点には『 』(スペース)が、用いられているが、ここではそれぞれに『。』と『、』を用いた。
注:写真類は省略。

 さきに(本誌No.63)わが国のマンガン鉱床について、その概略を説明したが、今回は、とくに、マンガン鉱物とその鉱石について、少し詳しく説明して見ることにする。マンガン鉱物は、その種類が多く、いまだ未解決の問題が残されているが、一応、今日までに知られている多くの論文、参考書をもとにして解説する。
(なお今後の研究の発展によっては、さらに追加されたり、訂正されることがあることを、お断りしておく)

T.まえがき
 マンガン鉱石は、一般に、複雑であるといわれるが、そのおもな理由は、マンガン鉱石を構成するマンガン鉱物(Mnを主成分とする各種の鉱物)が、非常に多種類にわたっているからであろう。
 たとえば、今日までに知られているマンガン鉱物を数えて見ると、おおよそ、120種類から130種類にも達するのである。もちろん、これらのすべてのマンガン鉱物が、マンガン鉱石の中に含まれているわけではないが、われわれが、今日、鉱業上、または商業上で、取引している鉱石の中でさえ、優に、45〜50種類のマンガン鉱物が含まれている。
 さて、マンガン鉱石というのは、これらのマンガン鉱物が、1種類、または2種類以上、集まってできた集合物で、経済的に見て価値あるものをいうのであるが、ふつう、マンガン鉱石というと、1種類とか、2種類からなる場合は、めずらしく、たいていの場合は、数種類から10数種類におよぶ。
 したがって、マンガン鉱石の種類や、品位等を、詳細に知るためには、それを構成するマンガン鉱物のそれぞれの性質を知ることが必要となってくる。
 そこで、マンガン鉱石について解説する前に、一応、今日までに知られているマンガン鉱物の種類と、その性質の概略を述べ、ついで、鉱石の種類、品位、および需給関係等について解説することにしよう。

U.マンガン鉱物の種類
 マンガン(Mn)は、原子番号25、原子量54.93、原子価 2 3 4 6 7をもつ複雑な元素である。地球化学者によれば、地殻中に含まれるマンガンの存在量は、すべての元素の中で、多いものから数えて12番目にあたることが知られている。しかも、マンガンは、天然には単体として存在せずに、つねに種々の化合物(鉱物)として存在する。したがって、マンガンが地殻を構成するいろいろの岩石や鉱物の中に、広範囲に含まれていても、不思議ではないであろう。
 さて、鉱物の種類を表わすのに、鉱物学者は、古くから化学組成をもとにして分類を行なっている。そこでここでも、説明の都合上、化学組成をもとにして分類し説明することにする。
 今日までに、一応知られているマンガン鉱物は、次のように広範囲にわたっている。
 T 酸化鉱物
 U 二酸化鉱物・含水酸化鉱物
 V 珪酸塩鉱物
 W 含水珪酸塩鉱物
 X 炭酸塩鉱物
 Y 硫化鉱物
 Z オルフラム酸鉱物
 [ 硼酸塩鉱物
 \ 硫酸塩鉱物
 ] 燐酸塩鉱物
 ]T 砒酸塩鉱物
 ]U ハロゲン化物
 ]V バナジン酸鉱物
 これらの中で、マンガン鉱石の主成分鉱物として重要なものは、酸化鉱物、二酸化鉱物、含水酸化鉱物、珪酸塩鉱物、含水珪酸塩鉱物、および炭酸塩鉱物等である。
 その他のものは、産出まれな鉱物で、学術的には興味あるが、鉱業上、または商業上の取引にはあまり重要でない。したがって、主として、T−Yについて、説明することとし、その他のものについては、鉱物名と化学組成とをあげるに留める。

V.酸化鉱物
 金属元素(Mn)と酸素との化合物で、つぎに述べる二酸化鉱物も、この中に入るが、説明の都合上、W項で説明することにする。第1表(略)に、現在までに認められている酸化鉱物の鉱物名とその化学成分を示す。約13種類が知られているが、本邦に産出する鉱物は、8種類が知られている。(*印のもの)
 これらの中で、もっとも重要なものは、緑マンガン鉱、ハウスマン鉱、およびブラウン鉱である。いずれも、高品位マンガン鉱石の主成分鉱物で、本邦では、かなり広範囲に分布することが知られている。
 ヤコブス鉱、ブレデンベルグ鉱、ビクスビ鉱等は、いずれも、本邦ではまれな鉱物であり、マンガン分よりはむしろ鉄分を増加させる鉱物で、商業上にはあまり歓迎されない鉱物である。また、ガラクス石、ピロファン石は、いずれも、顕微鏡下で見られるような鉱物で、資源的に重要とは考えられないが、鉱床の成因等を考える上には、おもしろい鉱物である。以下、本邦で産出する鉱物について説明する。

 緑マンガン鉱(Manganosite)
 化学成分はMnO。本邦では、あまり珍しい鉱物ではないが、外国では産出が少ない。肉眼的には、黄緑色ないし、濃緑色のきれいな鉱物であるが、著しく不安定なため、容易に酸化されて褐色から黒褐色に変化する。とくに貯鉱場などでは、黒褐色に変色して、緑色の破面は見られないことが多く、ハンマー等で破砕して、すぐに見れば認められることがある。
 本邦では、2種類の参上がある。1つは、花崗岩類による接触変成作用をうけた古生層中の鉱床から産出するもの、他の1つは、未変成古生層中のものである。
 前者は、一般に粗粒で、粒状である。この種の緑マンガン鉱は、一般にエメラルドのような濃緑色のきれいな色を示すが、前述したように容易に酸化されて黒褐色に変色する。後述するように、高品位の炭マン鉱石中に産出し、共存する他のマンガン鉱物は、菱マンガン鉱、テフロ石、パイロクロイット、ハウスマン鉱、ガラクス石等である。
 後者は、一般に微粒で、結晶粒は認められない。前者に比べ、淡緑色で、介殻状断口を示す。後述の栗色炭マン、チョコレート炭マン等の鉱石の中心部に産出することが多い。また、珪質炭マン中に不規則のノジュール状に産出する場合もある。鏡下では、いずれも、緑色を呈し、等方性であるので容易に識別できる。これに類似するものは、Hercynite(FeAl2O4)である。
 本邦で、最初に発見されたのは、栃木県真名子鉱山で、1935年に吉村豊文によって報告されている。今日では、岩手県、福島県、栃木県、群馬県、長野県、愛知県、滋賀県、京都府、山口県、高知県、宮崎県等のマンガン鉱山から発見されている。

 ハウスマン鉱(Hausmannite)
 化学成分はMnUMnV2O4。肉眼的には、2種類に分けられる。1つは、黒色、亜金属光沢で、粗粒なもの、他の1つは、茶褐色の細粒で、ち密なものである。
 前者は、花崗岩類による熱変成作用をうけた地域に産出する。一見、磁鉄鉱に類似するが、すりつぶすと茶褐色の粉末になることと、磁性がないことで、磁鉄鉱とは容易に識別できる。高品位の炭マン中に産出し、共存する他のマンガン鉱物は、緑マンガン鉱、菱マンガン鉱、テフロ石、ガラクス石等である。
 後者は、未変成地域に産出し、後述するチョコレート炭マンの主成分鉱物である。肉眼的には、細粒ち密であるため、個々の鉱物粒は認められない。
 鏡下では、いずれも、赤褐色半透明で、双晶が見られる場合がある。反射鏡下では、灰白色で異方性が著しく、赤色の内部反射が見られる。
 後者の場合は、一般に個々の鉱物粒は認められないが、時には部分的に粗粒な場合がある。また、共存する他の鉱物は細粒で、同定は困難であるが、菱マンガン鉱、アレガニー石、および未知の含水珪酸塩鉱物等が知られている。本邦で最初に発見されたのは、北海道松前鉱山で、1949年に、石橋正夫によって報告されている。今日では緑マンガン鉱と同様に、各地の鉱山から発見されている。

 ヤコブス鉱(Jacobsite)
 化学成分はMnUFeV2O4で、磁鉄鉱FeUFeV2O4のFeUをMnUで置き換えたものと考えればよい。肉眼的には、黒色亜金属光沢を示し、磁性を有するので、磁鉄鉱に類似する。野外で両者を識別するには、条痕色を調べれば簡単に分る。つまり、磁鉄鉱の条痕色は黒色であるが、ヤコブス鉱のそれは、褐色を帯びるのである。本鉱物は、産出が少ないが、一般に花崗岩類による接触熱変成地域に見られ、菱マンガン鉱、テフロ石、緑マンガン鉱、ハウスマン鉱、ガラクス石等と共生する。
 鏡下では、黒色不透明である。反射鏡下では、磁鉄鉱に比べて、ややオリーブ緑色を帯び、等方性である。酸には、全て不溶で、熔融は、ピロ硫酸カリを用いれば容易である。本邦で、最初に発見されたのは、佐賀県厳木鉱山で、1955年に、広渡文利、宮久三千年によって報告されている。その後、岩手県野田玉川、栃木県加蘇、愛知県田口鉱山、福岡県三ノ岳、河内、その他等から報告されている。

 ブレデンベルグ鉱(Vredenburgite)
 本鉱物は、ヤコブス鉱とハウスマン鉱の連晶(intergrowth)に対して、命名(1931年Ramdohr, Schneiderhohn(oの頭に¨))されたもので、いわば、両者の混合物である。もちろん、肉眼的には認められない。反射鏡下では、灰褐色のヤコブス鉱中に、灰白色の葉片状のハウスマン鉱が、格子状、または葉片状に含まれている。
 したがって、化学成分は、両者の混合の割合いによって変化するが、一般に鉄が多いのが特徴である。
 本邦では、産出が珍しく、岩手県野田玉川、愛知県田口鉱山から知られているにすぎない。しかし、いまだ詳細な報告は行なわれていない。

 ガラクス石(Galaxite)
 化学組成はMnAl2O4あるいは(MnUFe)(AlFeV2O4である。マンガンを主成分とするスピネルである。
 本鉱物は、肉眼的には認めることが困難であるが、鏡下では、きれいなレモン黄色から黄褐色の粒状の結晶である。結晶の大きさは一般に細粒で、ふつう径0.03〜0.06mmであるが、大きいもので1mm前後のものもある。等方性で、屈折率が高いので、容易に識別できる。
 本鉱物は、花崗岩類による熱変成地域のマンガン鉱床の中で、炭マンを産出する鉱石中に見られる。共存する他のマンガン鉱物は、菱マンガン鉱、テフロ石、緑マンガン鉱、アレガニー石、ハウスマン鉱等である。
 本邦で、最初に発見されたのは、栃木県大芦鉱山で、1931年に、吉村豊文によって報告されている。その後は、各地の鉱床から発見されている。

 ビクスビ鉱(Bixbyite)
 化学成分は、Mn2O3または(MnUFeU2O3と書かれている。Mn2O3には、人工物として、α-、β-、γ-、δ-Mn2O3が知られている。α-Mn2O3に相当するものが天然のビクスビ鉱である。
 本邦では、長崎県大串から、ビクスビ鉱様鉱物が、宮久三千年によって報告されているにすぎない。インド、南ア、スウェーデン等には、多産するといわれる。
 本鉱物は、黒色で、金属光沢を示し、当方性である。

 ピロファン石(Pyrophanite)
 化学成分は、MnTiO3で、イルメナイト(FeTiO3)のFeをMnで置き換えたものに相当する。
 肉眼的には、黒色、金属光沢を示し、板状である。鏡下では、濃赤色ないし橙褐色で、柱状または六角板状の結晶である。一般に非常に細粒のため、ほとんど黒色に見え、わずかに赤褐色を帯びているが、注意しなければ認められない。本鉱物は、バラ輝石、テフロ石、マンガンざくろ石等からなる珪酸マンガン鉱石中に産出する。本邦で、最初に発見されたのは、山口県錦光・久杉、および岩手県野田玉川鉱山等で、1955年に、D.Leeによって報告されている。今日では、各地のマンガン鉱床から認められている。

 ブラウン鉱(Braunite)
 化学成分は、3Mn2O3・MnSiO3または(Mn, Si)2O3と書く人もある。本鉱物は、HaidingerがK.Braunという人の名前をとって命名したものである。肉眼的には、黒色亜金属光沢を示し、条痕色が黒色であるのが特徴である。本邦における産状には、大きく2つに分けられる。1つは、秩父古生層中に産出するものと、他の1つは、三波川結晶片岩および三郡変成岩中に産出するものである。前者は、西南日本外帯の古生層中、岐阜県西北部、および岩手県久慈地域に産出する。これらの鉱物は、いずれも、黒色の細粒ち密なもので、一般に個々の鉱物粒は認められない(岩手県野田玉川鉱山産のものは、粗粒である)。
 後者は、長崎県西彼杵郡の結晶片岩地域、福岡県三郡変成岩中、および四国の三波川変成岩中に産出する。これらの場合は、つねに、紅れん石を伴うのが特徴である。とくに、長崎県利根鉱山産のブラウン鉱は径2〜3mm大の結晶で、岡本要八郎によって測角されている。共存する鉱物は、紅れん石、紅色雲母、紅色緑れん石、石英等である。本邦で最初に発見されたのは、鹿児島県奄美大島大和鉱山で、1939年に、吉村豊文によって、報告されている。鏡下では、黒色不透明であるが、反射鏡下では、灰白色で、異方性は顕著でない。

W 二酸化鉱物・含水酸化鉱物
 この中に入る鉱物の大部分は、古くから、二酸化マンガン鉱物と呼ばれ、もっぱら、乾電池用原料として、注目されていた。そのため電気化学的な分野での研究は古くから行なわれていたが、鉱物学的な研究は、近年になって急速に進んできた。本邦の二酸化マンガン鉱については、いわゆる「硬マンガン鉱」、「軟マンガン鉱」および「マンガン土」等と呼ばれ、その名称は、単に肉眼的な性状によって決められたようである。
 たとえば、「硬マンガン鉱」とは、後述の“Psilomelane”の対訳語で、比較的硬い塊状の膠質の鉱物で、介殻断口を示し、新鮮なものは、光沢を有するものとされ、「軟マンガン鉱」とは、“Pyrolusite”の対訳語で、結晶が微粒で、コロイド状の性質を有するもので、柔らかくて指で触れると、指先が汚れる。つまり、非常に柔らかい鉱石に対して命名されたものである。このように、二酸化マンガン鉱については、鉱物学的な検討は、ほとんどされず、鉱石の肉眼的外観から、簡単に呼称されていたのが、1955年ころまでの業界であり、鉱物学界であった。1956年ころから、これらの二酸化マンガン鉱物の研究が行なわれるようになり、次第に鉱物学的性質が解明され、結晶構造をもとにした鉱物の分類が行なわれ、その大綱が判明してきた。たとえば、第2表(略)に示すように、今日までに、約20種類の鉱物が分類され、整理されているのである。さらに、これら天然産の鉱物と人工の二酸化鉱物との関係も明らかにされつつある。第2表(略)は、現在までに認められている二酸化鉱物、および含水酸化鉱物の種類と、その化学成分を示す。約20種類が知られているが、本邦に産出する鉱物は、14種類で(*印のもの)、その各々について説明する。

 クリプトメレーン鉱(Cryptomelane)−ホランド鉱(Hollandite)−コロナダイト鉱(Coronadite)
 クリプトメレーン鉱という名称は、1942年に、RichmondとFleischerが命名した鉱物名であるが、本邦では、1938年に、可児弘一・田中 豊によって「石金石」と命名されていたようである。さらに、話を古くすると、1932年に、Ramsdellが、後述する“Psilomelane”と呼ばれている鉱物を研究した時に、Baを多量に含むものと、Baをほとんど含まないものとがある事を発表した。このBaを含まない鉱物が、実はRichmond、Fleischerが新鉱物としたクリプトメレーン鉱である。
 いわゆる“Psilomelane”という名称は、後述するが、種々の鉱物の混合物で、ここで述べるクリプトメレーン鉱が、主成分である場合が多いようである。
 さて、化学成分については、いろいろの問題があるが、ここでは、一応、つぎのように説明する。すなわち、クリプトメレーン鉱はKR8O16、ホランド鉱はBaR8O16、コロナダイ鉱はPbR8O16である。RはMnUMnW
 これらの鉱物の分析結果を見れば、0〜5%のH2Oを含むことが知られている。したがって、Frondel、Gruner、Bystrom(oの頭に¨)等は、それぞれ異なった化学式を提唱しているが、ここでは一応上述のRichmond等の化学式を用いることにする。
 本邦で、「硬マンガン鉱」とされていた鉱石は、最近の研究によれば、大部分がクリプトメレーン鉱であることが判明しているが、すでに、1938年に可児弘一・田中 豊は、新鉱物として「石金石」と命名している。
 クリプトメレーン鉱が、本邦で最初に記載されたのは、愛媛県丸野鉱山・岩手県川井鉱山で、1956年に、鵜飼保郎・西村新一・前田 喬らによって報告されている。
 その後、北海道国興鉱山から針谷 宥によって、また、北海道長法鉱山、青森県早瀬野鉱山、岩手県夏油温泉・熊の沢鉱山・妻の神鉱山等から、南部松夫・岡田広吉らによって報告されている。
 クリプトメレーン鉱は、新第三紀層中の層状の酸化鉱床、および古生層中の鉱床の酸化部から産出する。
 ホランド鉱は、クリプトメレーン鉱に比べ、本邦では産出まれな鉱物で、1963年になって、宮城県宮崎鉱山から南部松夫・岡田広吉・谷田勝俊らによって報告されているにすぎない。
 コロナダイト鉱は、いまだ本邦から産出しない。

 パイロルース鉱(Pyrolusite)
 化学成分は、MnO2で、人工のβ-MnO2に相当する。
 本鉱物は、いわゆる「軟マンガン鉱」と呼ばれているもので、天然には、もっとも広範囲に分布する二酸化マンガン鉱である。本鉱物は、1827年にHadingerによって命名された。その後。1879年にGeorgeuが人工のMnO2を作り、これに対してPolianiteという鉱物名を与えた。このPolianiteという鉱物名は、本邦でも用いられていたが、St.Jones(1923)、Ferrari(1926)、Smitheringle(1929)、Vaux(1937)、Struntz(1943)らによって、polianiteは、パイロルース鉱に一致することが確認されて、このpolianiteという鉱物名は破棄された。したがって、かつてpolianiteと呼ばれたものは、パイロルース鉱である。
 本鉱物には、黒色で金属光沢を示すもの、黒色無光沢でち密なもの、黒褐色放射状のもの等がある。本邦における産状としては、新第三紀層中の層状のマンガン鉱床、および古生層中のマンガン鉱床の酸化帯に産するものがある。本邦で、最初に記載されたのは、北海道ピリカ鉱山と青森県深浦鉱山で、1956年に、鵜飼保郎・西村新一・前田 喬らによって報告されている。その後、東北地方の新第三紀層中のマンガン鉱床を始め、各地の古生層中のマンガン鉱床の酸化帯から発見されている。

 ラムズデル鉱(Ramsdellite)
 化学成分は、MnO2、本鉱物は、1943年にFleisher、Richmondが命名した鉱物名である。人工の二酸化マンガン鉱の中で、かつてγ-MnO2に相当するものであるといわれてたが、γ-MnO2に相当する鉱物が天然に発見されてから、明らかに別の鉱物であることがわかった。
 本鉱物は、産出のまれな鉱物で、本邦では、1958年に北海道端野鉱山から針谷 宥によって発見され、ついで、1961年に、南部松夫・岡田広吉によって、青森県南股鉱山から報告されているにすぎない。
 したがって、その産状は十分にはわからないが、南股鉱山のものは、ち密な塊状のパイロルース鉱中の小晶洞中に微細な結晶の集合として着生する。共存する鉱物としては、パイロルース鉱、水マンガン鉱、クリプトメレーン鉱、バーネス鉱、轟石等である。

 横須賀石(Yokosukaite)・γ型ラムズデル鉱・エンスータイト(Nsutite)
 横須賀石は、1938年に、可児弘一・田中 豊によって命名された鉱物名で、人工のγ-MnO2に相当するものである。乾電池用二酸化マンガン鉱として、愛知県幡豆郡横須賀村から採取されたもので、産地にちなんで、「横須賀石」と命名したものである。しかしながら、その産状、および新鉱物としての鉱物学的記載が乏しかったので、鉱物学者の間では認められなかった。それから約12〜13年の間、本邦では、この二酸化マンガン鉱の鉱物学的研究は行なわれなかったが、1959年ころ南部松夫・岡田広吉らは、東北地方のマンガン鉱床から、人工のγ-MnO2に類似の鉱物を発見し、これに対して、γ型ラムズデル鉱と仮唱した。その後、1961年になって南部・岡田らは、可児・田中らによる横須賀石を再検討した結果、γ型ラムズデル鉱が、横須賀石と同一の鉱物である事を認め、γ型ラムズデル鉱を横須賀石に訂正している。
 一方、外国でも、γ-MnO2とRamsdelliteの研究が行なわれ、1962年、Zwicker、Meijer、Jaffeらは、人工のγ-MnO2に相当する天然産の鉱物として、アフリカのガーナから多産する二酸化マンガン鉱物に対して、Nsutite(en. soo'tit(eの頭にv、二つのoの頭に-))という新鉱物名を与えている。
 つまり、Nsutiteは、可児・田中による横須賀石と同義語であり、南部・岡田らが仮唱したγ型レムズデル鉱とも同一の鉱物名である。さらに、1939年にGlemserが、人工の二酸化マンガン鉱に対して名づけたγ-MnO2に相当するのである。化学成分はMn4+1-xMn2+xO2-2x(OH)2xで、xは0.06〜0.16である。色は、暗灰色から黒色で肉眼的には、パイロルース鉱とは区別しがたい。X線粉末回折線による以外には、簡単に識別できない。
 本邦では、南部・岡田によって、青森県・秋田県・福島県の新第三紀層中のマンガン鉱床から報告されている。一般に、ラムズデル鉱の産出は、まれであるが、横須賀石(γ型ラムズレル鉱)は、かなり広範囲に分布するようである。また、本鉱物は、乾電池用としては好適である。最近、アフリカのガーナから、かなり多量に産出することが報告されているが、資源としては米、ソ連が独占しているといわれる。

 バーネス鉱(Birnessite)
 化学成分は、(Na,Ca)MnW7O14・2.8H2O、または(Ca,Mg,Na,K)(MnWMnU)(O・OH)2で、人工のδ-MnO2およびManganous manganiteに相当するものである。
 δ-MnO2は、1943年、松野四郎が、合成二酸化マンガン鉱の研究から、新変態δ-MnO2として記載したが、ほとんど引用されず、翌1944年に、McMurdieらによって合成されたδ-MnO2の結果の方が、今日では認められている。両者の合成物は、互いによく一致しているにもかかわらず、松野の業績は評価されず、McMurdieの業績が高く評価されているのは残念なことである。一方、Manganous manganiteは、1945年に、Feitknecht、Marti等によって合成されたものである。その後、1956年にJones、Milneは天然産の鉱物でδ-MnO2に一致するものを発見しBirnessiteという新鉱物名を与えた。
 本鉱物は、その産出は珍しく、本邦で最初に発見されたのは、北海道轟鉱山、駒ケ岳で、1957年、針谷 宥によって発見され、ついで、1961年、南部松夫・岡田広吉その他によって、福島県有倉沢から発見されている。
 本鉱物は、一般に黒灰色粉状の鉱物で、見かけの比重が著しく軽いのが特徴である。駒ケ岳、有倉沢の酸化マンガン鉱床は、いずれも、第四紀の火山性起源の温泉や冷泉に由来するもので、マンガンを含む湧水から沈殿したものであることは、興味深い事実である。

 ランシー鉱(Rancieite)
 化学成分は、(Ca,MnU)MnW4O9・3H2O(?)である。
 本邦では、1958年、北海道の駒ケ岳のマンガン土から針谷 宥によって発見されたのみである。パイロルース鉱、バーネス鉱と混合して産出する。X線粉末回折線によって認められたもので、詳細は不明である。

 轟石(Todorokite)
 化学成分は、非常に複雑で、(MnU,Ca,Mg,Ba,Na,K)MnW3O7・(2±x)H2Oまたは(MnU,Zn,Mg,Ba,Sr,Ca,Na,K,Cu,Pb)MnW3O7・(2-x)H2Oが、もっともよく一致している。
 本鉱物は、1934年に、吉村豊文によって、北海道轟鉱山から発見され、新鉱物として報告されたものである。
 その後、本邦では、1957年、静岡県池代鉱山から桜井欽一・高須新一郎によって発見されるまで、その産出は報告されていない。ついで、1959〜1960年にかけて、東北地方の新第三紀層中に胚胎するマンガン鉱床から、南部松夫・岡田広吉らによって、数産地がつぎつぎと報告されている。現在までに知られている産地は、青森県深浦鉱山、丸山鉱山、轟鉱山、岩手県本郷鉱山、長野県浜横川鉱山、埼玉県秩父鉱山、群馬県車沢鉱山等である。
 本鉱物は、一般に、細い繊維状の結晶の集合で、色はやや灰鋼色を帯びた黒褐色を呈する。また、本鉱物の特徴として、見かけ上の比重が、ふつうの二酸化マンガン鉱に比べてはるかに軽く、繊維状の集合をなすことである。本邦における産状は、新第三紀層の層状鉱床のもの、菱マンガン鉱を主とする浅熱水性鉱脈中のもの、および古生層中のチャートに伴うマンガン鉱床の酸化帯のもの等があげられる。また、1960年ころから、外国でも次々に発見され、記載されている。今日までに報告されているものは、キューバ、スウェーデン、ポルトガル、オーストリア、フランス、ブラジル、米国等である。

 サイロメレーン鉱(Psilomelane)
 化学成分は、(Ba,H2O)4Mn10O20またはBa(MnW,MnU9O18・2H2Oあるいは(Mn,Ba,Ca,Mg,Co)2MnW8O16・(OH)4が提唱され、非常に複雑である。
 “Psilomelane”(サイロメレーン)という名前は、1831年に、Hadingerによって与えられた鉱物名である。本邦では、この“Psilomelane”に対して、“硬マンガン鉱”という和名を与え、乾電池用二酸化マンガン鉱として用いられてきた。
 1943年、Fleisher、Richmondは多数の“Psilomelane”を検討した結果、大部分のものは、前述のクリプトメレーン鉱を主とし、その他、パイロルース鉱、ハウスマン鉱、ブラウン鉱等を含むものである事が分った。したがって、古くから用いられている“Psilomelane”または「硬マンガン鉱」というのは、いわば、種々の二酸化マンガン鉱物(大部分は、クリプトメレーン鉱)の集合物に与えられた名称で、今日用いられているPsilomelane(サイロメレーン鉱)とは、区別されるべきものである。つまり今日用いられているサイロメレーン鉱は、1種類の鉱物でBaを含む含水酸化マンガン鉱物である。
 本鉱物の産出は、珍しく本邦では、1959年に、岩手県野田玉川鉱山から、ついで、1961年に、宮城県宮崎鉱山から、いずれも南部・岡田・谷田らによって報告されているに過ぎない。前の場合は、古生層中のマンガン鉱床の露頭部の酸化帯に産出し、重晶石−バラ輝石−テフロ石−ヤコブス鉱等の風化産物である。後の場合は、新第三紀層中の層状のマンガン鉱床に産出し、水マンガン鉱、ホランド鉱、クリプトメレーン鉱と共生する。

 パイロクロイット(Pyrochroite)
 化学成分は、Mn(OH)2で、ブルーサイトMg(OH)2のMgをMnで置き換えたものに相当する。肉眼的には、新鮮な時は灰白色で、やや絹糸光沢を示すが、非常に不安定な鉱物で、数分の間に酸化して茶褐色に変色する。貯鉱場などでは、ほとんど黒褐色になっており、破砕しても容易に灰白色の破面は見られない。灰白色の破面を保存するためには、坑内で破砕後、すぐにパラフィン等で包んで持ち帰れば、その目的を達することができる。本鉱物は、産状によって2種類に分けられる。1つは塊状で鉱体の中心部に産出し、他の1つは細脈として見られるものである。いずれも酸化すれば後述のハイドロハウスマン鉱になるといわれる。
 鏡下では、無色、繊維状で、中心部に緑マンガン鉱を包有することがある。本邦では、1956年、岩手県野田玉川鉱山から、渡辺武男・加藤 昭によって報告されている。その後、長野県浜横川鉱山、愛知県田口鉱山からも知られている。

 ハイドロハウスマン鉱(hydrohausmannite)
 化学成分は、(MnU,MnV3(O・OH)4。1945年に、Feitknecht、Martiが、人工Mn(OH)2を酸化させるとMnU、MnVのhydrated oxideが生ずることを示した。1953年になって、Frondelが、上記と同一のものを、天然から発見し、これに対して、ハイドロハウスマン鉱と命名した。本鉱物は、茶褐色半透明から黒色不透明で、X線粉末写真の結果では、d=4.65Åの強い線以外は、すべてハウスマン鉱と一致するものである。
 本邦では、1956年、野田玉川鉱山、および田口鉱山から発見されているが、上述のパイロクロイットを産出する鉱山には産出する事は、確かである。ところが、最近(1962年)になって、始めに研究をしたFeitknechtおよび共同研究者らが、ふたたび、人工のMn(OH)2の酸化作用を検討した結果、かつてハイドロハウスマン鉱と呼ばれていた生成物は、ハウスマン鉱とβ-MnO(OH)との混合物であることを報告している。しかし、天然のものについては検討していない。

 水マンガン鉱(Manganite)
 化学成分はMnO(OH)。人工ではα-、β-、γ-MnO(OH)が知られている。水マンガン鉱は、このγ-MnO(OH)に相当する。本邦では、乾電池原料として、古くから、北海道、東北地方産のものが知られていたようであるが、鉱物学的には詳細に研究されたのは、1938年〜1939年の可児弘一・田中 豊による研究で、北海道湯の沢、メップ鉱山、および秋田県大岱鉱山等のものが報告されている。1947年に、発行された日本鉱物誌には、上述の外に、青森県・新潟県・石川県・京都府・長野県・高知県等から報告されている。
 本邦の水マンガン鉱の産出は、新第三紀層中の層状鉱床、および菱マンガン鉱を主とする浅熱水性鉱脈鉱床、ならびに古生層中のマンガン鉱床の酸化帯等から産出する。パイロルース鉱、クリプトメレーン鉱と共生し、その産状は、脈状のもの、空隙中に自形の結晶として着生するもの、または塊状のもの等である。空隙中に産するものは、黒色金属光沢の美晶を呈することが多い。
 本鉱物は天然の環境において、酸化脱水しやすい鉱物で、水マンガン鉱の仮晶のまま、パイロルース鉱に変化する事が多い。また時には、サイロメレーン鉱、ブラウン鉱、ハウスマン鉱に変化する場合も報じられている。

 グロータイト(Groutite)
 化学成分はHMnO2で、1947年に、Grunerによってダイアスポア(HAlO2)−針鉄鉱(HFeO2)系のMnの端成分である事が、報告されている。非常に珍しい鉱物で、本邦では、1959年に、北海道美利河鉱山から、針谷 宥によって発見されたに過ぎない。
 本鉱物は、光沢、色、硬度、条痕、比重等、すべて水マンガン鉱に類似し、識別は容易ではない。結晶は板状で、放射状の集合体をなしているものが多い。色は濃黒色、半金属光沢、劈開は完全である。条痕色は、赤味を帯びた赤褐色である。
 共生鉱物は、水マンガン鉱、石英、重晶石等である。

 リシオフォル鉱(Lithiophorite)
 化学成分は、Li2MnUMnW5Al4O18・6H2Oまたは(Al,Li)MnO2(OH)2あるいはLiMnVMnWAl2O9・3H2Oとして表わされ、LiとAlを含む二酸化マンガン鉱物の1種とされている。
 肉眼的には、やや緑色を帯びた黒色を呈し、条痕色は黒色である。一般に微粉状で、サイロメレーン鉱よは判別困難である。
 本邦では、1963年、宮城県宮崎鉱山から、南部松夫・岡田広吉らによって報告されたにすぎない。宮崎鉱山のリシオフォル鉱は、第三紀中新世のモンモリロナイト化された凝灰岩、凝灰質砂礫岩中に胚胎する層状の酸化マンガン鉱床の上・下盤付近から産出する。
 共生鉱物としては、水マンガン鉱、ホランド鉱で、ふつうの二酸化マンガン鉱(たとえば、クリプトメレーン鉱、パイロルー鉱、横須賀石等)と共生しないことは興味ある事実である。
 また、本鉱物は、X線回折線が、轟石に酷似していることは、注意を要することである。

(筆者は鉱床部鉱石課)


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