澁江(1996)による〔『地球化学反応速度と移動現象』(155-156p)から〕


第8章 熱水性鉱床における流体包有物の研究(153-172p)

8.1 はじめに

8.2 流体包有物地質温度計
  現在も活動的な熱水について、その温度を測定するあるいは評価することは比較的容易である。しかしながら、地質時代に生成した熱水性鉱床に関しては直接測定することはできない。この場合によく用いられる方法が流体包有物地質温度計である。この手法の概略を以下に示すが、詳しい点は武内(1975a〜d、1976)44)〜47)、笹田(1988、1989)29),30)、あるいはRoedder(1984)28)の解説に譲ることにする。
 鉱物が熱水から晶出する場合、しばしば熱水を不純物として取り込んで成長する。このような熱水の「遺物」を流体包有物と呼ぶ。熱水が沸騰していなければ、流体包有物として取り込まれた時点で熱水は均一な状態(1相)にある。ところが、熱水活動が終息し、鉱物の温度が常温条件下におかれると流体包有物が気相(おもに水蒸気で、まれに二酸化炭素など揮発性ガスを含む)と液相(塩類などが溶けている)に分離する。
 このように気相が生じる理由は、鉱化作用が生じた時点での熱水の密度が常温条件下での水溶液の密度に比べて小さいことに起因する。流体包有物の密度が鉱化作用時の熱水の密度と等しくなろうとして低密度の気相が生じる。流体包有物として取り込まれた後、結晶の破壊によって熱水の一部がリークすることが起こりうるが、このような過程で取り残された流体包有物は鉱化作用の環境を反映しなくなる。このような流体包有物を2次包有物と呼び、鉱化作用の時点で取り込まれたまま残っている流体包有物(初生包有物と呼ぶ)と区別する。この判定法についてはRoedder(1984)28)あるいは笹田(1988)29)の解説に詳しく示されている。
 さて、気液2相の流体包有物を加熱していくと液相の密度は減少し、やがて、鉱化作用時の熱水の密度と等しくなった温度で気相(あるいは液相)が消失する。このときの温度を均質化温度と呼び、気相が消失する包有物を液相包有物と呼ぶ。これに対して、流体包有物の密度がきわめて小さい場合、加熱に伴って液相の体積が小さくなりやがて消失する。このような包有物を気相包有物と呼ぶ。
 鉱化作用が生じた際の熱水の圧力が飽和蒸気圧にきわめて近いとき、均質化温度は熱水の温度を表していると考えられる。他方、熱水の圧力を飽和蒸気圧と等しくおけない場合、均質化温度における液相(気相包有物なら気相)の密度と、鉱化作用時の圧力条件下での流体の密度とが等しくなる温度が、求める熱水の温度になる。
 天然の熱水の多くはH2O−NaCl系で近似することができる〔例えば、Roedder(1984)28)〕ので、飽和蒸気圧以外の圧力条件下ではH2O−NaCl系の熱水の密度に関する実験結果をもとにして温度を求めることができる。本章では、Zhang & Frantz(1987)54)を用いている。Shibue(1989)38)も経験式を求めているが、圧力が1kbarまでで、適用できないタングステン鉱床もあるので、ここでは用いない。
 さて、流体包有物中の塩類の濃度は一般につぎのようにして求める。流体包有物を冷却すると氷が生成し、氷の融点から凝固点降下度が求まる。流体包有物の化学組成をH2O−NaCl系で近似した場合、凝固点降下度とNaClの濃度との関係がすでにわかっている〔例えば、Potter et al.(1978)27)〕ので、濃度をNaCl相当濃度(NaCl eq.)として求められる。』

8.3 日本のタングステン鉱床に関する流体包有物の研究
8.4 新生代マンガン−鉛−亜鉛鉱床と黒鉱鉱床に関する流体包有物の研究結果
8.5 まとめ

引用・参考文献(関係分のみ)
27) Potter,R.W.II, Clynne,M.A., & Brown,D.L.: Freezing point depression of aqueous sodium chloride solution, Econ. Geol.,73, 284〜285 (1978
)
28) Roedder,E.: Fluid Inclusions, pp.644, Min. Soc. Amer., Washington (1984)
29) 笹田政克:流体包有物マイクロサーモメトリーの基礎−地熱編−(1),地熱エネルギー,13,39〜55(1988)
30) 笹田政克:流体包有物マイクロサーモメトリーの起訴−地熱編−(2),地熱エネルギー,14,27〜42(1989)
38) Shibue,Y.: Mixing diagrams of hydrothermal solutions (up to 600℃, 1000bars, and NaCl 60wt.%) and the application to the Fujigatani and Kiwada deposits in Japan,岩鉱,84,105〜116(1989)
44) 武内寿久禰:鉱物中の流体包有物研究の基礎−1−,宝石学会誌,2,25〜33(1975a)
45) 武内寿久禰:鉱物中の流体包有物研究の基礎−2−,宝石学会誌,2,66〜73(1975b)
46) 武内寿久禰:鉱物中の流体包有物研究の基礎−3−,宝石学会誌,2,110〜121(1975c)
47) 武内寿久禰:鉱物中の流体包有物研究の基礎−4−,宝石学会誌,2,166〜172(1975d)
54) Zhang,Y-G & Frantz,J.D.: Determination of the homogenization temperatures and densities of supercritical fluids in the system NaCl-KCl-CaCl
2-H2O using synthetic fluid inclusions, Chem.Geol., 64, 335〜350 (1987)