富樫ほか(2001)による〔『日本列島の“クラーク数” 若い島弧の上部地殻の元素存在度』(25-27p)から〕


1.はじめに

2.日本の上部地殻は古い大陸と同じか?
 最近の私たちの研究により、日本の上部地殻の平均値が求められた(Togashi et al., 2000)。その結果、日本の上部地殻の平均値はデイサイト組成であり、“大陸地殻”とほとんど同じであることがわかった(第1表)(第1図:略)。考えてみれば、つい最近まで中国大陸と陸続きであったのだから、当然ともいえる。日本海が形成された1,500−2,000万年前という年代は、少なくとも2億年前までは遡る日本の上部地殻の岩石の歴史に比べれば、ほんの少し前の出来事である。
第1表 日本の上部地殻の平均組成(Togashi et al., 2000)
SiO2(%)
TiO2(%)
Al2O3(%)
Fe2O3(%)
MnO(%)
MgO(%)
CaO(%)
Na2O(%)
K2O(%)
P2O5(%)

67.53
0.62
14.67
5.39
0.11
2.53
3.90
2.72
2.42
0.12
Sc(ppm)
V(ppm)
Cr(ppm)
Co(ppm)
Ni(ppm)
Cu(ppm)
Zn(ppm)
As(ppm)
Rb(ppm)
Sr(ppm)

16
110
84
15
38
25
74.1
6.5-7.1
85
225
Y(ppm)
Zr(ppm)
Nb(ppm)
Sb(ppm)
Cs(ppm)
Ba(ppm)
La(ppm)
Ce(ppm)
Pr(ppm)
Nd(ppm)

26
135
9
0.61
5.5
458
21.7
46.4
5.54
20.8
Sm(ppm)
Eu(ppm)
Gd(ppm)
Tb(ppm)
Dy(ppm)
Ho(ppm)
Er(ppm)
Tm(ppm)
Yb(ppm)
Lu(ppm)

4.28
1.07
3.65
0.70
3.94
0.72
2.39
0.39
2.57
0.40
Hf(ppm)
Ta(ppm)
Pb(ppm)
Th(ppm)
U(ppm)



4.10
0.72
16.9
8.3
2.32





 しかし、いくつか元素には明らかに差があった。まず。アンチモンと砒素が“大陸地殻”の平均値と比べて、2−3倍高い。これあの元素は大陸縁の細粒堆積物に濃度が高く、日本の上部地殻の構成物として、これらの細粒堆積物の寄与が大きいためである。さらに、差は大きくはないが有意の差をもって、ニオブ・ジルコニウムやカリウムの濃度が低く、地殻の形成過程を考える上で大きな意味がある。詳しくは後で述べる。

3.地殻の平均組成を求める方法
 今から100年近く前、米国地質調査所のクラーク博士は、地殻の組成を求めるために、堆積岩や変成岩の寄与は小さいと考え、数千にのぼる火成岩の分析値を吟味し、平均値を提案した。この値はクラーク数と呼ばれ、地殻の平均組成と考えられた。その後、改訂が繰り返されているが、主要な元素についての修正の程度はわずかである(クラーク、1924)。地殻の平均組成を求める方法に大きく分けて3つの方法がある。

(1)自然のプロセスで良く混合された物質の組成を測定する。この方法は主に上部地殻組成を求めるために用いられる。
 自然のプロセスで広域の地殻物質を良く混合された物質として、氷河堆積物の粘土、海底の堆積物、空中に舞い上がったちりなどが使われる。氷河堆積物の粘土の場合、氷河が地殻をランダムに削剥したと考える。最近は海底堆積物がよく使われる。この場合は、堆積物の起源がどこであるかという地域性や体積過程での分別、海底での変質による変化などが問題になる。空中に舞い上がったちりも、ちりの形成・運搬・移動による変化を吟味する必要がある。ところで、空中に舞い上がったちりといえば、砂嵐が吹き荒れる火星では、遠く離れたところでサンプリングされた砂の組成がほとんど同じであり、火星表面で物質の混合過程が盛大に働いていることを示している。

(2)地表地質に基づいて、戦略的なサンプリングを行い、これを正確に分析して、地質の分布に基づいて重みをつけて平均化する。この方法も、主に上部地殻組成を求めるために用いられる。
 この場合は戦略的なサンプリングをどこまでできるかがカギとなる。また、主に地表サンプリングに基づくので、地殻のどの部分まで削剥されているかという吟味が必要である。古い地層ほど深部が露出しやすいというバイアスもかかり得る。

(3)地殻構造のモデルをたて、これに基づいてそれぞれの単位の化学組成を求め、単位ごとの物質の量比を用いて計算する。この場合は地殻全体や、下部地殻の組成の推定も可能である。
 地殻構造のモデルとしては、地震波速度のように物理モデルや、サブダクションなどの地質モデル、地殻はそもそも火成岩であったというクラークの岩石モデルなどがある。モデルに大きく依存する値になるはずだが、上部地殻の場合は主成分に関しては、どのモデルでもそれほど大きく違わない。一方、下部地殻に関してはモデルによる依存性が強い。

4.日本列島のクラーク数を求めるために…地質調査所の財産
 日本列島のクラーク数は上記の2番目の方法、すなわち、地表地質に基づいて、戦略的なサンプリングを行い、これを正確に分析して、地質の分布に基づいて重みをつけて平均化するという方法をとった。地質調査所はこれまで100年以上の間、全国にわたり詳細な地質調査を行ってきており、その結果、充実した地質図群と、標本館に収蔵された多数の標本という貴重な財産を持っている。これをベースとし、地質調査所が持つ最新の岩石分析技術をもって系統的に分析すれば、日本列島の地殻の組成を求めることができると考えた。
 さて、日本列島のクラーク数を求めようというこのプロジェクトが始まって1年足らずで、主唱者の田中が名古屋大学に出向し、富樫が後を引き継いだ時点では、正直いってどのように進めて良いかよく理解していたとはいえない。
 まず直面したことは、分析できる数が限られているので、日本の代表的な岩石をどう選ぶかという大問題であった。この選択が結果を大きく左右しかねない。試料の選定は奥山が中心になって行った。92年の第3版100万分の1の日本の地質図は165のユニットに区分されている。これを年代・岩石種・地質区分・地質図に占める割合により、37のグループにまとめ、グループごとに代表的試料候補を選んだ。次に、地質調査所の標本館が中心となってまとめた「日本の岩石と鉱物」に記載され、標本館に登録された試料から、充分な量があるものを選んだ。さらに、必要な試料を持っている地質調査所の多くの研究者にお願いして、いただいた。この段階で火成岩・変成岩。堆積岩の大部分を選ぶことができた。付加体については、十分な量の試料が得られなかったので、四万十帯については田中らが採取に行き、丹波帯および超丹波帯については奥山が採取した。これらに、地質調査所が発行している岩石標準試料を加え、結果として166試料を選択した(第2図:略)。
 試料の粉砕が次の課題である。試料ごとに不均一性が異なるので、これを考慮して、最大2kgの岩石の塊を粗く砕いた後縮分し、約300gを大阪地域地質センターの青山が途中で他のものが混じらないように細心の注意を払って微粉砕した。
 元素濃度測定の大部分は、富樫が蛍光X線分析と放射化分析を、今井がICP-質量分析を用いて行った。燃焼による重量の現象は狛が担当した。炭酸塩岩は特に組成が他の岩石と大きく異なり、上記の方法では測定困難である。従って、炭酸塩岩については、岡井が原子吸光法・比色法・滴定法などを駆使して分析した。村田は平均値の計算のために数値化地質図から地質区分ごとの面積を算出し、試料分布を示すために、再グループ化して簡略化した地質図を作成した。』

5.平均値の推定法
6.若い島弧は安山岩質ではなくデイサイト
7.時代と共に組成は変化するか?
8.付加体堆積物は良く混ざっている
9.海洋地殻や海底堆積物の影響は限られている
10.砒素が高いのはなぜ?
11.酸性マグマは体積物が融けてできたのか?
12.よく見れば、日本列島は大陸とは違っている
13.大陸は成長するか?
参考文献



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