森本ほか(1975)による〔『鉱物学』(27-35、59-68p)から〕


3.1.1 結晶の性質
 原子における電子の分布は高い対称性をもっている。したがって、原子が多数集って固体になると、その固体は原子の対称性と原子間の結合の対称性のために、一定の規則正しい対称的な構造になる。これが結晶(crystal)である。いいかえれば、結晶では比較的少数の原子が集まって、基本の構造または構造の単位(basic patternまたはunit of pattern)となり、それが3次元空間に繰り返されて構造全体を構成している。
 ほとんどの鉱物は、いろいろな原子が集まって結晶となって存在しており、その性質の多くは、構成原子の種類とそれらの配列の仕方によってきまってくる。したがって、鉱物を研究するために、結晶としての性質を知ることが、きわめて大切である。この章以下、しばらく結晶の基本的な性質について考えてみよう。
 結晶の巨視的な性質のなかには、たとえば、密度や化学組成などのように結晶のどの部分についても同じであるスカラー量と、光学的性質や熱膨張などのように、結晶のどの部分についても同じであるだけでなく、方向にも依存しているベクトル量で表現できるものがある。これらの性質はいずれも、結晶を構成しているきわめて多くの原子や分子の性質と、その配列状態を平均した結果、得られるものである。鉱物のこのような物性についてのくわしい説明は第6章および第7章で与えられるが、この章では主として結晶の形態や対称などの幾何学的性質を説明する。
 結晶のもっている性質は二つの立場から表現できる。第一の立場は、結晶を異方性をもった有限な均質の物体と考える立場であり、結晶の形態や光学的性質などの巨視的な性質はこのような立場から論ずることができる。その対称性は3.3.2で論ずるように32晶族にわけることができる。第二の立場は結晶を原子または分子からなる周期構造をもった物体と考える立場である。原子や分子が問題になるような微視的な性質はすべて、この立場に立って論じなければならない。
 最近では、実験技術の非常な進歩によって、結晶の原子または分子からなる周期構造はもちろん、原子や分子を直接に観察することができるようになってきた。図3.1(略)はコーディエライトMg2Al4Si5O18の電子顕微鏡による観察結果で、図3.2(略)に示した周期構造に対応するものである。口絵(9)(略)は電界イオン顕微鏡によるタンタルTaの表面の像である。また、口絵(11)(略)はクリノエンスタタイトMgSiO3にみられる双晶を電子顕微鏡で観察したものである。しかし、このような方法が適用できるのは特別の場合で、多くの結晶の構造はX線や電子線の回折による、もっと間接的な方法で決定されている。この章では、結晶を原子または分子の周期構造からなる物体と考える立場で説明を始めることにする。

 3.1.2 結晶格子と結晶系
 いま組成AB2の2次元の平面構造(図3.3:略)を考える。これは、その平面内の平行四辺形、たとえばAoA1A2A3に含まれる平面模様の繰返しでつくられている。Ao,A1,A2,A3などは、それらの間の並進距離にちがいがあっても、同じ環境にある点という意味で同価点(equivalent point)とよばれる。いま、1個の構造単位を1点で代表させると、構造単位の配列はその点に同価な点の配列で表わすことができ、構造は平面格子または網面で表わされる(図3.4:略)。このような点を、格子(lattice)を作っているという意味で格子点(lattice point)とよぶ。
 結晶の場合は、一般に繰返しが3次元になる。繰返しの単位になる構造−構造単位−を格子点で代表させると、空間格子(space lattice)または結晶格子(crystal lattice)が得られる。空間格子の単位になる平行六面体のとり方は幾組も可能であるが、そのなかで格子のもつ対称性をもち、最小の稜a,b,c(もしくはao,bo,co)とできめられるその間の角α,β,γできめられる平行六面体をとくに、単位格子または単位胞(unit cell)とよぶ(図3.5)。a,b,cおよびα,β,γを図3.5のように定め、それらを格子定数(cell dimensionsまたはlattice constants)とよんでいる。格子定数の正確な値はX線を用いて求めることができる。例えば、MgSiO4の化学組成をもつかんらん石はa=10.198Å、b=5.982Å、c=4.755Å、α=β=γ=90゚の単位格子の規則正しい繰返しからできている。単位格子の稜a,b,cの方向は、この結晶格子の性質を記載するための座標軸−結晶軸(crystal axis)−として用いられ、それぞれ、a,b,c軸とよばれる。その場合a,b,cを軸長(axial length)、α,β,γを軸角(axial angle)とよぶ。単位格子の形を示すのに、a:b:cでb=1としたときの比、a':1:c'、を用いることがある。これを軸率(axial ratio)とよぶ。
 空間格子をその単位格子の形−正確には対称性−と格子点のつまり方を考慮して分類するとき、幾通り可能かという問題は、Bravais(1848)によりはじめて解決された。その結果、平面格子の場合には5種類(図3.6:略)、空間格子の場合には14種類(図3.7(a):略)の格子で記述できることが明らかになり、とくに後者は14のBravais格子とよばれている。
 14のBravais格子のうち、7種類は単純格子(primitive lattice)とよばれ、格子点が単位格子の8隅にのみ存在する格子で、Pで表わされる。残りの7種類は複合格子(compound latticeまたはcomplex lattice)とよばれ、単純格子の格子点にさらに格子点が加わったものである。単純格子では各隅の格子点は8個の単位格子で共有されているので、単位格子全体で、1個の格子点を含んでいる。複合格子には、追加格子点が、向いあった面上にあるもの、格子の中心にあるもの、および、すべての面の中心にあるものがある。それらをそれぞれ、底面格子(base-centered lattice)、体心格子(body-centered lattice)および面心格子(face-centered lattice)とよんでいる。底面格子は追加格子点がa,bまたはc面のうちのどれにあるかによりA,BまたはCで、体心格子はIで、面心格子はFで示される(図3.7:略)。すなわち、P,A,B,C,IおよびFは格子タイプ(lattice type)を表わす記号である。
 たとえば、後述する立方晶系の対称をもつ立方体の格子には、P,IおよびFの3タイプがある(図3.8:略)。これらのタイプの単位格子に含まれる格子点の数は、それぞれ、1,2および4個である。もし体心格子と面心格子で、無理に単純格子を採用するならば、菱面体格子となって、その格子の本来もっている立方晶系としての対称性は失われることになる。図3.7(略)に示したもの以外の空間格子は、すべて適当な軸の変換によって、上述の14の格子のどれかで表わすことができる。
 14のBravais格子を単位格子の形、すなわち単位格子のもつ対称性によって分類すると、三斜(triclinic)、単斜(monoclinic)、斜方(orthorhombic)、正方(tetragonal)、三方(trigonal)、六方(hexagonal)および立方または等軸(cubic)の7種類にわけることができる(図3.7(a):略)。これは結晶を分類するときの、もっとも基本的な方法として広く用いられ、晶系(crystal system)とよんでいる。表3.1(略)に各晶系の単位格子の性質およびその晶系に可能な格子タイプを示した(附録1参照:略)。
 上述の格子のうち、六方格子と菱面体格子の関係については、とくに注意が必要である。すべての六方格子は単純格子としてP(hexagonal-Pともよぶ)が用いられる。菱面体格子(図3.7(a)のR:略)はMiller軸とよばれる単純なR(rhombohedral-Rともよぶ)によるか、3格子点を単位格子内に含む格子であるRhex(hexagonal-Rまたはhexagonal non-primitiveともよぶ)によって記載できる(図3.7(b):略)。このRhexはPにおいて、(2/3,1/3,1/3)と(1/3,2/3,2/3)、または(2/3,1/3,2/3)と(1/3,2/3,1/3)の位置に格子点を追加することで得られ、その場合はMiller-Bravais軸とよばれる(図3.7(b))(附録3参照:略)。
 したがって、Miller-Bravais軸を採用すると、菱面体格子を六方格子で記載することができる。このことから、三方晶系を六方晶系の一部として晶系を6種類とする立場もある。この立場は、菱面体格子と六方格子で対応する網面の間の角が同じになるため、結晶形態の測角の結果だけから両者を区別することができないこともあって、一部で採用されてきたがあまり一般的ではない。もちろん、二つの格子の区別は、後にのべるようにX線を用いれば消滅測から容易にできる。
 結晶学的な計算を行うためには結晶軸の間の角が90゚であることが望ましい。そのため六方格子P(図3.7(b))で、a1,a2軸の代りに、a1軸をa軸とし、a軸に直角な方向をb軸とし、a,b軸と六方格子のc軸のたがいに直交する3軸で六方晶系の結晶を記載することが、よく行われる。この格子は底心斜方格子になり、直六方格子(ortho-hexagonal lattice)とよばれる。
 結晶軸をきめるための規約について、附録1(略)でくわしく説明したので参照されたい。』

3.3.2 点群と晶族
 結晶の形態や光学的性質のような巨視的性質や、1個の構造単位の対称を考える場合は、並進を伴う対象要素は含まれない。その結果、対称要素はすべて1点で交わることになる。
 このような並進を伴わない対象要素の組合せが幾通り可能かを考えてみると、全部で32種類の違った組合せが存在することがわかる(Buerger、1956)。これら32種の組合せは、おのおのに含まれる対称操作が代数学における群の性質をもっているので点群(point group)とよばれる。実際に結晶の形態の可能な種類の数は32あるが、それらは32の点群に対応しており、晶族(crystal class)とよばれる。一つの点群対象をもつ結晶は、それに対応する晶族に属するといわれる。実際には、点群と晶族は厳密な区別なしに用いられている。図3.28(略)に32晶族の同価な一般位置を左側に、対称要素を右側にステレオ投影で示した。
 第1列は紙面に垂直な主回転軸のみをもつ晶族、第2列は対応する回反軸をもつ晶族である。第3列では、主回転軸に垂直な鏡面が加えられる。第4列では主回転軸に、第5列では主回反軸に平行に鏡面が加えられる。第6列では主回転軸に垂直に2回回転軸が加えられる。最後の列では主回転軸に垂直と平行に鏡面が加わっている。
 32晶族のそれぞれに特有な結晶形(crystal form)に対して、古くから、幾何学的な性質を考慮して、特別な名称が与えられてきた。それについては附録2(略)を参照されたい。
 32晶族を表わすのに、その性質を示すようなできるだけ簡単な記号を用いることが望ましい。古くから、Schoenfliesの記号が一般に用いられてきたが、Hermann-Mauguinの記号がより合理的なため国際的に採用されて広く用いられ、現在に至っている。』
3.3.3 空間群
 ある晶族について、その対称要素を、その晶族が属する結晶系で可能な並進格子と組合せて、その結果できるすべての対称要素の操作が代数学における群の性質をもつようになったものを得ることができる。これが空間群(space group)である。この場合は、並進を含む対称要素であるらせん軸や映進面が意味をもってくる。たとえば、2/mの晶族とその晶族が属する単斜晶系の格子PおよびCを組み合わせることにより、図3.29(略)のように6通りのちがった空間群が得られる。これら6通りの空間群に属する結晶はいずれも、2./mに属する形態や光学的性質を示している。
 32晶族から並進を考慮して空間群を求めると、全部で230の空間群が存在することがわかる。そのうち、鏡像関係にある二つの空間群を一つとすると、その数は219になる。このことは、X線が発見されるはるか前の1885〜1894年の間に、Schoenflies、FedrovやBarlowにより明らかにされたことである。
 一つの空間群に含まれる対称要素は無限に存在するが、これらの対称要素は格子並進でくりかえされているので、一つの単位格子の中に含まれている対称要素がわかれば空間群は完全に記載されることになる。結晶の構造では、原子がその結晶の属する空間群の対称に従って配列されている。したがって単位格子における原子の配列の研究にとって、それに含まれる対称要素を知ることが先決である。その意味で、結晶の構造を理解したり、決定したりするためには、その構造の空間群を理解する必要がある。空間群そのもののくわしい記載はInternational Tables for X-ray Crystallography(以下International Tablesと略す)の第1巻(1952)に与えられている。以下空間群を記載するのに用いられている約束についてのべ、Inte5rnational Tablesを参照するときの助けとしたい。』