はじめに
短時間労働者の雇用管理の改善等に関しては、平成5年に短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(平成5年法律第76号。以下「法」という。)を制定し、短時間労働者を労使双方にとって重要な就業形態として位置付け、短時間労働者がその有する能力を有効に発揮することができるような条件整備を図る等によりその福祉の増進を図ってきたところである。
もとより、短時間労働者の福祉の増進は、法の施行等によって確保されるだけでなく、ほかの関係法律に基づく施策等広範多岐にわたるものにより実殿されるものである。これらを円滑かつ効果的に実施していくためには、短時間労働者の職業生活の動向を的確に把握した上で短時間労働対策の総合的かつ計画的な展開の方向を労使を始めとする国民全体に示し、これに沿って対策を講ずる必要があるため、法は短時間労働者対策基本方針を定めることとしている。
この基本方針は、短時間労働者の福祉の増進を図るため、短時間労働者の雇用管理の改善等を促進し、並びにその職業能力の開発及び向上を図るために講じようとする施策等の基本となるべき事項を示すものである。
本方針の運営期間は、平成20年度から24年度までの5年間とする。
第1 短時間労働者の職業生活の動向
1 短時間労働者の増加と属性の変化
短時間労働者の数は長期的に増加の一途をたどっており、「労働力調査」(総務省)の非農林業短時間雇用者数(週間就業時間が35時間未満の者)で見ると、平成19年には1,346万人となり雇用者総数の24.9%を占めるに至っている。その内訳について見ると、女性が約7割を占める一方で、近年では特に男性や若年者、世帯主の増加が見られる。
短時間労働者が「パート」としての働き方を選んだ理由としては、「自分の都合のよい時間(日)に働きたいから」が50.3%、「勤務時間・日数が短いから」が38.1%を占める一方、「正社員として働ける会社がないから」とする者も23.8%おり(「平成18年パートタイム労働者総合実態調査」(厚生労働省)。以下、特に断りのない限り統計の数字については同調査による。)、自分の希望する時間に働ける働き方を求める労働者のニーズに合致した面がある一方で、正社員への就職・転職機会が減少して非自発的に短時間労働者となる者が増加しているという状況も存在している。
2 短時間労働者の基幹労働力化、待遇の問題の顕在化
短時間労働者の職場における役割を見てみると、機関的役割を担う短時間労働者の増加が見られる。例えば、事業主の51.9%が「職務が正社員とほとんど同じパート労働者がいる」と回答しており、平成13年パートタイム労働者総合実態調査(厚生労働省)での40.7%から増加している。また、責任ある地位へパート労働者を登用している事業所が10.7%に達しており、特に、飲食店、宿泊業や卸売・小売業で登用の割合が高くなっている(「平成17年パートタイム労働者実態調査」(財団法人21世紀職業財団)。以下「平成17年調査」という。)ほか、役職についているパート労働者の割合も6.9%となっている。
他方、そのような短時間労働者の待遇については、その働き・貢献に見合ったものとは必ずしもなっておらず、平成17年調査では、すべての「職務と人材活用の仕組みが正社員とほとんど同じパート」の賃金の決定方法が正社員と同じであるとした事業所は14.4%にとどまっている。また、実際の賃金水準についてもほぼ同額であるとする事業所が18.0%である一方で、6割程度以下という事業所も10.7%存在する。
3 労働力人口減少社会の到来
我が国は、平成17年から人口減少社会に転じ、将来も一層の少子化・高齢化の進行によって、本格的な人口減少社会が到来する見通しとなった。人口減少により労働力人口が大幅に減少することとなれば、経済成長の供給側の制約要因となるとともに、需要面で見ても経済成長にマイナスの影響を与えるおそれがある。
第2 短時間労働者の雇用管理の改善等を促進し、並びにその職業能力の開発及び向上その他短時間労働者の福祉の増進を図るために講じようとする施策の基本となるべき事項
1 短時間労働者という就業形態をめぐる課題
第1で見たような動向の中で、短時間労働者という就業形態をめぐっては、おおむね次の3つの課題を指摘することができる。
(1)短時間労働者は、所定労働時間が短いことから多様な働き方となるが、その特性に見合った雇用管理となっておらず、働き・貢献にかかわらず一律の待遇とされたり、他方、個々の労働者の労働条件が就業規則のみによっては明確にならないなど、待遇が本人にとって明らかでないといった場合がある。
(2)(1)のように、短時間労働者の働き方特有の課題だけでなく、労働基準法(昭和22年法律第49号)等の基本的な労働関係法令が遵守されていない場合も依然として見られる。
(3)正社員への就職・転職機会が減少して非自発的に短時間労働者となる者も増加しているが、いったん短時間労働者となると、正社員への転職は難しく、その就業形態に固定化されるおそれがある。
なお、(1)から(3)までの課題のほか、税制や社会保障制度については、労働需要・労働供給の両面にゆがみが発生することは、労働者の就労機会や就労希望の阻害にもつながるという指摘もあり、働き方や雇用形態の選択に中立的な制度であることが求められている。
2 施策の方向性
第2の1の課題に対する今後の施策の方向性は、次のとおりである。
まず、法及び事業主が講ずべき短時間労働者の雇用管理の改善等に関する措置等についての指針(平成19年厚生労働省告示第326号。以下「指針」という。)により、短時間労働者について、通常の労働者との均衡のとれた待遇の確保、納得性の向上を図るとともに、社会全体として、均衡のとれた待遇の更なる確保に向けて取り組んでいくことが必要である。また、労働者に対して一般的に適用される基本的な労働者保護法令の履行確保が改めて求められる。これらによって、短時間労働者がその有する能力を有効に発揮することができるような就業環境の整備を図る。
また、短時間労働者については、通常の労働者への転換の推進やより高度な職務へのキャリアアップに向けた支援を行っていく必要があるが、現状においては、短時間労働者から通常の労働者への転換等を図ろうとしても、通常の労働者の働き方がフルタイム中心であるために、時間の制約があって短時間労働者として就業している場合には実質的に転換を選択できない場合も見られる。そこで、法の施行による通常の労働者への転換の推進とともにその支援を行うだけでなく、短時間正社員制度等、短時間労働者がより転換しやすい多様な働き方の選択肢が用意される社会の実現に向けた取組を行う。
これらにより、短時間労働者の福祉の増進が図られるだけでなく、現在は就業していない者にとっても魅力的な働き方の選択肢が提供されるようになるが、これは労働力人口減少に対する一つの対応策としても重要なものである。
国は、この方向性に沿って、短時間労働者の就業の実態を十分に踏まえつつ、その福祉の一層の増進を図るための施策を総合的に推進するものとする。
3 具体的施策
(1)均衡のとれた待遇の確保等
イ 法及び指針の周知による均衡のとれた待遇の確保等
短時間労働者について、通常の労働者との均衡のとれた待遇の確保、納得性の向上を図るためには、まず法及び指針の内容を事業主及び短時間労働者双方が十分に理解することが必要であることから、パンフレット等の配付、説明会の実施等により事業主及び短時間労働者双方に対して積極的な周知を図る。なお、周知に当たっては、都道府県労働局において法及び指針の施行を担当する雇用均等室のみならず労働基準監督署、公共職業安定所の窓口等や、携帯電話でも利用できるインターネットサイトなど、多様な手段を活用する。
また、雇用均等室に配置する均衡待遇推進コンサルタントを活用し、法の周知と併せて個々の企業の実情に応じた雇用管理の改善等に関するアドバイスを行う。
ロ 的確な行政指導の実施
法第16条においては、法及び指針が定めている事業主が講ずべき措置について、厚生労働大臣は、短時間労働者の雇用管理の改善等を図るため必要があると認めるときは、短時間労働者を雇用する事業主に対して報告を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができることとされており、法及び指針の履行確保に向けて、これに基づく的確な対応を行う。
ハ 均衡のとれた待遇の更なる確保に向けた取組
短時間労働者と通常の労働者との均衡のとれた待遇の確保を更に進めるための取組として、参考となる先進的な雇用管理事例、職務分析の手法や職務の比較を行うための指標について国内外の情報を収集するとともに、事業主に対しそれらを提供するほか、給付金の支給等短時間労働者援助センターの業務を通じて、通常の労働者との均衡のとれた賃金の決定方法とする事業主等を支援する。
(2)労働者に適用される基本的な法令の履行確保
事業主が短時間労働者に対して適用がある基本的な法令を遵守するこについて周知徹底を図る。
その際、特に、短時間労働者の適正な労働条件の確保に関しては、労働基準関係法令に従って雇入れ時の労働条件の明示、就業規則の整備、最低賃金額以上の賃金の支払い及び雇入れ時等の安全衛生教育についての規定を遵守すること並びに期間の定めのある短時間労働者については、有期労働契約の締結、更新及び雇入れに関する基準(平成15年厚生労働省告示第357号)が定めるところにより適正な措置を講ずべきことについて、重点的に周知徹底を図る。なお、これと併せて、賃金、労働時間等主要な労働条件を明らかにした「労働条件通知書」についてその普及促進を図る。
また、事業主は、短時間労働者について、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(平成3年法律第76号)の定めるところにより、育児休業に関する制度その他必要な措置を講ずる必要があるとともに、雇用保険及び社会保険の適用については、それぞれ雇用保険法(昭和49年法律第116号)、健康保険法(大正11年法律第70号)及び厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)の定めるところにより、被保険者となる短時間労働者について必要な手続を取らなければならないものであることについて、事業主に対し周知徹底を図る。
(3)短時間労働者が希望する就業形態への移動の円滑化
イ 法第12条に基づく通常の労働者への転換の推進
(1)イ・ロにより法第12条に基づく通常の労働者への転換の推進に関する措置義務の履行確保を図るとともに、特に、通常の労働者への転換制度を創設し、実際に通常の労働者に登用する事業主に対しては、給付金の支給等により支援を行う。
ロ 能力開発、職業紹介の充実等
短時間労働者及び短時間労働者になろうとする者がその職業能力の開発及び向上を図ることを促進するため、これらの者の多様な訓練ニーズに 応じ、公共職業能力開発施設における職業訓練とともに、民間教育訓練機関等を活用した多様な職業訓練の実施を図る。
また、短時間労働者になろうとする者については、きめ細やかな配慮をすることが必要とされる者が多いことから、公共職業安定所においては、短時間労働を希望する者のニーズを踏まえた雇用情報の提供やきめ細やかな職業相談・職業紹介を行う等官民相まった適正な需給調整機能の充実を図る。
ハ 多様な働き方の選択肢の実現
就業できる時間に制約のある短時間労働者であっても転換等が図りやすい働き方としては、所定労働時間が短いながら正社員としての待遇を得ることができる短時間正社員制度の導入が期待されるところであり、その一層の普及・定着に努める。
(4)行政体制の整備等
イ 行政体制の整備
法及び指針の施行を中心とする一連の施策の実施については、都道府県労働局雇用均等室を中心に、都道府県労働局内での緊密な連携を図る。また、平成20年度から都道府県労働局雇用均等室に企業の雇用管理の専門家を均衡待遇推進コンサルタントとして配置しており、その活用を図るとともに引き続き行政体制の整備に努める。
ロ 関係機関との連携
短時間労働者対策については、国が実施するだけでなく、都道府県等の関係行政機関及び独立行政法人雇用・能力開発機構等の関係機関の協力も必要であることから、その実施に当たっては関係機関との連携を図る。
法に基づき指定を受けている短時間労働援助センターにおいては、短時間労働者を雇用する事業主又は事業主の団体に対する給付金の支給業務等を実施するものであり、その実施に当たっては国の行政施策との斉一性を保ちつつ、その適正かつ円滑な推進を図る。