三崎(1992)による〔『微粒子が気候を変える』(56-61p)から〕


第3章 エーロゾルのできるまで

エーロゾルとは

 これまですでにしばしば「エーロゾル」という言葉を用いてきた。またその都度、エーロゾルとは何かということも、断片的ながら説明を加えてきた。多少重複することになるが、ここらでもっとまとまった説明をしておく必要がある。
 「エーロゾル」とは気体のなかの液体、もしくは固体の微粒子が分散している系を指す言葉であるが、一般には微粒子そのものもエーロゾルと呼び慣わしている。特にそのことが気になるときには、改まって「エーロゾル粒子」などといっている。
 ここでわれわれが関心をもっているのは、大気中のエーロゾルである。分散しているといっても、どの粒子も重力によって沈降しつつあるのだから、安定した存在ではない。だから、もう少し具体的にいおうとすると、「大気中に浮遊している時間が相当に長い粒子をエーロゾルという」となり、はなはだ曖昧な定義になってしまう。
 まず大気中での沈降速度を考えてみよう。粒子は空気の抵抗を受けながら、重力に引かれて落下する。エーロゾルほどの小さな球体が受ける空気抵抗(ストークスの抵抗という)は速度に比例する。したがって、落下速度が増すにつれて抵抗力も大きくなるから、終局的には重力と抵抗力とが釣り合って等速度で落下する。エーロゾル粒子の沈降速度は、地面に落ちてくる雨粒と同じで、いわゆる終末速度である。
 ストークス(Stokes)の理論によると、この沈降速度は粒子の半径の2乗にほぼ比例する。だから、大きい粒子ほど沈降速度が大きい。大気中に滞留している時間を粒子の寿命と呼ぶことにすれば、大きい粒子ほど寿命が短い。
 ここで1気圧(地上付近)の大気中での沈降速度を調べてみよう。粒子の密度は水と同じとして計算すると、図13(略)のようになる。この図から読み取ると、半径10マイクロメートルの粒子の沈降速度は毎秒1センチメートル、1マイクロメートルで毎分1センチメートル、0.1マイクロメートルで毎時1センチメートル、0.01マイクロメートルで毎日1センチメートルとなる。これはおよその値であるが、記憶するには大変都合がよい配列となっているし、また見当をつけるだけならこれで十分である。
 半径10マイクロメートルで沈降速度は毎秒1センチメートルだが、このくらい速くなると、粒子はもはや空気中に浮遊しているとはいいがたい。そして雲粒、霧粒がおよそこの大きさである。だから雲粒は一般にはエーロゾルの仲間には入れない。半径10マイクロメートルというところが、エーロゾル粒子の大きさの上限であろう。
 なお、図中の鎖線は高度20キロメートル(下部成層圏)における沈降速度である。大気は上層ほど密度が低いから沈降速度は速くなる。寿命が短い粒子は当然、大気中での存在比も小さい。粒子の数濃度(単位体積中にある粒子の数)が一番高い粒径領域は、0.01〜0.1マイクロメートルにある。そしてこの領域から外れると、粒子の濃度は急減する。数値でいうならば、0.01〜0.1マイクロメートルの範囲の粒子は、1立方センチメートル中におよそ1万個ほどあるが、0.1〜1マイクロメートルの範囲では数百個、1〜10マイクロメートルの範囲には10分の数個ほどしかない。10マイクロメートル以上となるときわめて少ないから、エーロゾルの仲間から除外するのは濃度の点から見ても妥当であろう。
 エーロゾル粒子の下限についてもはっきりした決まりはない。しかし、測定技術からいえば数ナノメートル(マイクロメートルの1000分の1の単位)あたりが検出可能の限界である。また、そのように小さな粒子は、沈降速度は遅くても寿命は短い。互いに衝突しあって急速に凝集してしまうからである。したがって、大気中の存在比はやはり小さくなる。そういうわけで、下限は一応数ナノメートルとすれば妥当であろう。ちなみに分子の大きさはそれより1桁小さい。
 このように、エーロゾル一族には大きさからみて4桁も違うものがあるので、便宜上次のようにグループ分けをする。
エートケン粒子 数ナノメートルから0.1マイクロメートルまで
大粒子 0.1マイクロメートルから1マイクロメートルまで
巨大粒子 1マイクロメートルから10マイクロメートルまで
 図14(略)はエーロゾルの粒径分布である。この図の(a)は粒径に対する粒子の数濃度の分布で、(b)は質量濃度の分布である。この図を見ると、エーロゾルの主体は、数濃度からいえばエートケン粒子に、質量濃度からからいえば大粒子から巨大粒子にあることがわかる。

エーロゾルのできかた

 水蒸気分子がいかに濃密に存在していようとも、雲粒はそれだけではできない。雲粒ができるためには、凝結核が必要であった。そこで、これからは凝結核も含めて、エーロゾルはいかにして生成されるかという話に移る。
 岩石の風化が進んで土壌となり、その表面から砂塵が舞い上がる。海面では波頭に生じた白い泡から、飛沫が風にさらわれて、空気中に浮遊する。いずれも固体または液体の塊が細かく砕かれて生じたエーロゾルである。また、このような細分化現象とは反対に、気体分子が特定な条件の下で結合しあって相変化を起こし、液体または固体のエーロゾルが生れることもある。これを「気体の粒子化現象」という。前者の発生源が地面または海面であるのに対して、後者の発生源は面ではなく、大気という空間であることも、対照的な現象である。
 一般的にいって、気体から粒子化したものは、少なくとも発生の当初はきわめて小さい粒子であって、1ナノメートル程度の大きさであると考えられている。これに反して、固体または液体の塊が細分化されて生じた粒子には、そのように小さいものはない。細かく粉砕するには多大のエネルギーが必要なので、実際上1マイクロメートルより細かく粉砕することは難しい。したがって、大粒子の多くとエートケン粒子とは、気体が粒子化したものであり、大粒子の一部と巨大粒子とは、固体または液体の塊が破砕されて生じたものである。』