アーネスト・キャレンバッハ(2001)による〔『エコロジー事典−環境を読み解く−』(95-97p)から〕


生態系 Ecosystem

 森林の中をハイキングすることは、広大な生態系に入ったことを意味する。ただし、森林といっても、たとえば小川や低湿地のように、特徴のある生物種(species)を伴う生態系ごとに小さく区分することもできる。生態系では、他の生物のための食物を生産し成長させるために、光合成(Photosynthesis)を行なう生物(例外的に化学合成を行なう生物もいるが)を常に発見するし、生命の主要元素を循環させる分解(Decomposition)生物も、見つけることができる。生態系によって、主要元素である炭素(Carbon)、窒素(Nitrogen)、酸素(oxygen)、リン(Phosphorus)、硫黄(Sulfur)の完全なる循環が可能となっている。生態系では、栄養は有機排出物や汚染物質を経て生物から新しい生物へと循環し、再利用される。エネルギー(Energy)は、太陽光や風力や水力の形態をとって生態系に流入し、熱として放出される。
 小さな生態系は、より大きな生態系に内包され、さらに、すべての地球上の生態系は統合して生物圏(Biosphere)/生態圏(Ecosphere)を構成している。生態系相互における栄養交換もあるが、その交換は、各生態系内部でのそれと比べると、ずっと時間がかかる。ただ、生態系の境界を定義することはそう容易ではない。たとえば、仮にカモが近所の池に時々現われるとしよう。この場合、カモは池の生態系の一部と考えられると同時に、巣作りの時期に移動してきた極北からの生態系の一部とみなすこともできる。あるいは、これら2つの生態系を含めたもっと大きな統合された生態系の一部かもしれないのである。しかし、自然システムを研究する生態学者は、現実的な目的のために、研究可能な境界設定を行なうことができるし、またその境界設定内で営まれる生命過程を分析することもできる。
 個体としての生物は、周辺環境からの多様で特別な機会をいつもうまく利用しようとする。これと同様に、生態系もまた、その各部分からのみで推測すると、予期できないような行動をとる。生態系の各部分は、全体の文脈においてのみ、それぞれの特別な役割を果たしている。いってみれば、私たちの細胞内に神経細胞になるものもあれば、筋肉細胞になるものもあるというのと同じようなことである。事実、各部分がいかにも独立しているかのように語ることは誤りで、自然のシステムでは、部分と全体とが相互関係をもち、絶えず影響し合っているのである。私たちが部分と呼んでいるものは、複雑な関係のネットワークにおけるパターンのことであり、実際には、各部分は決して分離独立して考えることはできない。唯一、人工的な機械システムの場合のみ、独立した各部分が全体の機能を決定しているのである。
 生態系は、レッドウッド(アメリカスギ)の森とか放牧地のように、気候の変化やその他の要因が大規模な変化をもたらすまで、長時間にわたり、しかもかなり持続的に安定しうるものである。しかしこの安定は、絶え間ない変動によって保たれている。人間の時間(Time)を基準にすれば、生態系は事実上変動のない安定した恒常状態(steady state)を保ってきたかのように見えるかもしれないが、実際には緩やかな変化を繰り返しているのである。いくつかの生物集団(Populations)が増えたり、また、他の集団が減ったりして、食物連鎖(Food web)のパターンも変化している。そのうえ生態系は、突然の混乱に出会っても、ほぼ元の状態に戻れる能力を持っている。樹木をおかす病気が森林全体を襲ったとしても、もちろん、数種類の樹木は死に絶えるかもしれないが、生態学的にみて類似している他の樹木が、その死んだ樹木にとって代わるだろう。また病んだ樹木であっても、病気に耐えたことで生存能力があったことを知ることも多い。このようにこれらの生物種は、究極的には、もとあった森林の生態系が従来もっていた分布まで復元してしまうのである。一般的に、多様な生態系ほど複雑な相互関係をもつより多くの生物種を含んでいるため、たとえ従来の生息生物が減少したとしても、新たな最適生息環境(Niches)をより簡単に埋め合わせることができ、長期間にわたってより生き残ることができると考えられる。生態系に重大な脅威が存在しないときや比較的温和な気候のとき、生物多様性(Biodiversity)は拡大するようにみえる。一方、極寒地域や火山のすそや台風に襲われる島では、過酷で頻発する混乱によって、生態系の多様性が減少してしまうようである。
 生態系が安定している限り、すべての生物種がそこに確実な住み家を確保できる。だから私たちが地球の生態系の持続可能性(Sustainability)を得ようとすることは、私たちの惑星である住み家を保存しようとすることでもある。』