和田(1996)による〔『地球システム科学』(145-149p)から〕


5.1 生態システムとは
 生物は外界から栄養となる物質や餌を取り入れ、その代謝活動の恒常性(ホメオスタシス:homeostasis)を維持しながら自己増殖する(子孫をつくる)存在である。本章では生物をこのように定義するところから出発する。この生物が絶えることなく生き続けるためには、生物は特定の物質循環系の中に組み込まれていなければならない。また子孫を増やしていく場合、その数が無限に増大すれば物質の流れは枯渇し自身の存続を脅かすことになる。したがって、生物は物質の流れに乗り、かつその流れを定常的に保つために、その数はある一定の幅に制約される。生態システム(ecosystem)とは、自然界の中で各種生物がこのような物質の流れやその他の環境条件の制約の中で相互関係をもちながら調和を保っている系を意味する。
 地球の生物圏(biosphere)は光合成(photosynthesis)をする植物にはじまり、植食性動物、肉食性動物、これら動植物の分解者(decomposer)という単位から構成される循環系をなしている。近年よく耳にする炭素循環(carbon cycle)や窒素循環(nitrogen cycle)といった言葉は、このリサイクル系を元素の流れで抽象化したものであり、化学の言葉で記述すると以下のように表すことができる。

光エネルギー
(炭素循環)

CO2+H2O

CH2O+O2

CO2+H2O

植物

分解

窒素固定

← ← ← ← ← ← ←
(窒素循環) N2 生物体 NH4+ NO2 NO3 N2

分解系

 このような循環系は、生物と環境の相互作用、いいかえれば生物進化と物質循環系のからみあいによって、地球の表層に35億年以上かけて形成されてきたものである。この章のトピックである生物圏には、これまで地球上には記載された生物だけでも150万、未発見の生物を加えると約5000万もの(species)が存在すると推定されている(Wison, 1992)。一般に種とは、詳細な形態学的差異にもとづいて区別されているが、不思議なことに形態レベルの差は遺伝子レベルの差からも識別できることが多く、その生態学的位置(ニッチ:niche)、例えば食性、生息場所、繁殖・行動様式なども異なっていることが知られている。種が異なれば物質の流れの中で異なる位置を占めているわけである。したがって、第1章で解説したようなシステム理論をそのまま生態システムに適用する場合、生態システム内のボックスは厳密には各々の種に対応し、そのボックスの数は種数に一致することになる。
 しかし、これではあまりにも複雑になり、システム論的な解析には不適当なものになってしまう。そこで本章では、生態システム内のボックスは食物網の栄養段階*1を単位として扱うことにする。この記述方法によれば、地球上の物質循環システムとの対応が理解しやすく、また多くの生物種を、例えば植物を栄養段階1、これを餌とする植食性動物を2、さらにそれを餌とする肉食動物を3として抽象化できるため、システム論的な解析に適している。
*1 生産者である緑色植物から数えて、同じ数の段階を経て食物を得ている生物は同じ栄養段階に属するという。この栄養段階による分類は種としての分類ではなく、機能の分類である。
 一例として、2つの一次生産者で構成される生態システムを図5.1に示した。ここで矢印は食う食われるの関係を意味している。生態システムはこの図5.1に示したように、常に外界から光合成に利用する二酸化炭素、光エネルギーそして成育のための窒素、リンなどの栄養物の供給を必要としている開放系である。水は栄養物の輸送の媒体となっているため、生態システムは水域陸域を問わず水の循環と密接な関係をもっている。複雑化をさけるため図5.1には示していないが、この生態システムはシステム内の物質循環を支える分解者が共存し、いわゆる腐食連鎖を形成している。水域では底棲動物、バクテリア、原生動物などが、陸域では土壌動物、菌類、シロアリ、バクテリアなどがこの腐食連鎖の主役となっている。
栄養段階4

肉食動物
栄養段階3 肉食動物1 肉食動物2

  →
  /

栄養段階2 植食動物1 植食動物2
栄養段階1 植物1 植物2

栄養塩
光エネルギー
二酸化炭素
図5.1 2つの一次生産者で構成される模式的な生態(植食連鎖)システム

各ボックスの生物量(バイオマス)はそれに含まれる生物群の寿命や捕食などに規定される平均滞留時間(第2章参照)によって決まるが、単位時間内、例えば1年間の積分量を求めると、食物連鎖の下位のものほど大きくなり、生態システム全体としてみると、いわゆるピラミッド構造になる。生物量が下位ほど大きいのは、動物が餌生物を食べ、それをアミノ酸や低分子炭水化物などに分解し、それを蛋白質などの体の構成成分に変換するプロセスでエネルギー消費が起こることが基本的な理由である。例えば生物体の再生産効率は、最適な条件で成育させたバクテリアの場合でも60%程度であることが知られている。通常の生態システムでは、餌生物量10に対して捕食者量1が平均的な姿である。
 図5.1に示した生態システムの存続には、外界との相互作用、とくに光エネルギー、栄養物質、そして動物が生存するための酸素が必要である。この外界からのエネルギーと物質の流入によってはじめて、この生態システムはその永続的な存続が可能となる。生態システムは35億年以上の長い年月をかけて大気中に酸素を蓄積し、外界から主要な栄養物が絶えることなく流入する物質循環系を完成させてきた。それと同時に、生物は進化という自律性をもっているため、環境条件の地理的なちがいを反映したさまざまなタイプの生態システムを発展させてきた。
 一般的な考え方で生態システムを区分すると図5.2のようになる。以下に水域生態システムと陸域生態システムについて一般的な特徴について述べた後、特殊な社会集団を形成しているシロアリの生態システム、および過去数千年間に人間が作りだした生態システム(人間圏)について説明する。
生態システム 陸域生態系 森林
草地
砂漠
耕地(人間圏の一部)
水域生態系 水系(森林・河川・湖沼・沿岸)
海洋 外洋域 高緯度域
中低緯度域
湧昇海域
沿岸域 サンゴ礁
大陸棚
図5.2 生態システムの分類。