鳥海(1998)による〔『社会地球科学』(69-72p)から〕


3 自然災害
 社会地球科学では、人間圏と地球システムとのつながりや物質・エネルギーのフローがどのようであるか、そして現代のように人間圏が巨大に成長したとき次世代も引きつづき人間圏は発展していくことができるかが主要な問題とされる。人間圏が著しく高度な構造へと進化しつつあるなかで、地球システムから人間圏への負荷はどのような影響を人間圏に与えてきたのであろうか。本章はこのような人間圏への負の効果について検討を加えるものである。
 自然災害は人間圏をさまざまな時間と空間のスケールで破壊するものである。人間圏の破壊には、人間圏の内部から引き起こされる場合と外部から引き起こされる場合とがある。内部の要因としては戦争であったり、恐慌などによる経済活動の停止などがある。一方、外的な要因には主に地震や火山噴火など地球システムの活動が及ぼすダメージと、巨大隕石や彗星などの衝突など太陽系あるいは銀河系の運動に起因する効果がある。通常は内的な場合と外的なものとは独立なものと考えてよいが、地球システムからのダメージの期間が十分に長かったり、ダメージの大きさがきわめて大きかったりすると、内的な破壊要因が誘発されて両者が相乗効果を及ぼすようになる。たとえば関東地震のように市場や輸送網の壊滅によって経済活動が停止するような場合には顕著な相乗効果が現れる。
 自然災害は第2のタイプの人間圏の破壊であり、地球システムの持つ間歇的または連続的な変動によって引き起こされる激症環境変化である。それには火山災害、地震災害、台風やハリケーン、大雨と洪水、竜巻、異常寒波、雪害などの気象災害や土石流災害、異常高潮などの海洋災害がある。自然災害は地球システムに起こる物理現象が原因であり、どれも地域的なものといえる。例えば、火山噴火や地震による被害は地球科学的にはプレート境界に多く発生し、台風やハリケーンの被害は東アジアやアメリカ南部からカリブ海沿岸にかけて重大である。つまり、地域的に頻発する突発的環境変化による被害は著しく特定の地域に偏っている。そのような突発的環境変化は、地域的人間圏を壊滅させる。そして、人口や政治経済的な負の効果が、地域的人間圏の再構築の過程で次第に人間圏全域に波及する。
 このように自然災害は、地球システムが人間圏に及ぼす人口や政治経済的な負の効果としての側面をもつため、その災害を誘発する地球科学的な現象を特定し、それと社会科学的な損失との関係を検討する必要がある。最近、Nishenko and Barton(1996)は自然災害の規模と被害について定量的な検討を行い、現象の地球科学的な規模と社会科学的な規模(損失)との間にべき乗則が成立していることを示した。重要なことは、自然災害の種類による差異がべき指数に現れている点である。さらに、社会地球科学的い指摘される必要があるのは、自然災害の頻度と損失との関係である。地震の場合にはその規模と頻度とのべき乗則の関係はグーテンベルク−リヒターの関係として有名である。こうして図3.1(略)のように、頻度と損失率の関係もべき乗則が成立していることが示された。ここでいう損失率とはその国の人口あるいは総生産で規格化した死亡率である。人間圏の進化と自然災害の頻度−損失率の関係は必ずしも自明ではないが、それは人間活動の変化に応じてさまざまに変動すると考えた方がよいだろう。
 図3.1をみると、洪水、竜巻、台風などの損失率と発生確率との関係についても地震による被害と同様にべき乗則が成立し、両対数図でほぼ直線となる。しかし、その傾きは災害によって大きく異なることが明らかである。すなわち、竜巻と洪水の頻度と損失率との関係は大きなべき指数であるが、地震や台風ではあまり大きくない。べき指数が小さいことは、損失の大きな災害の起こる頻度が小さくはないことを意味している。すなわち、巨大災害が起こりやすいのである。一方、べき指数が大きいことは損失の小さい災害の頻度がきわめて大きく、また損失の大きな巨大災害の頻度も決して小さくはないことを示している。
 都市の形成と都市人口の巨大化が進行していった過程で、自然災害は人間圏にどのような損失を与えてきたのかがここでの問題である。損失の時間的な変化はBiham(1996)が研究している。彼は、人間圏の都市の形成と成長が、地震災害の頻度が地球科学的には過去一定であっても、人口密度の局所的な増大のために急激に大きくなり、図3.2(略)にあるように急激な損失の増大をもたらしたと考えた。この図にあるように、損失率の急激な増加は最近400年間のことである。それと平行して、都市への人口の集中は大変大きくなった。今後もこの傾向がつづくとすると、先進国では1950年代には73%が都市化し、2025年には83%が都市化するだろうという。
 このように考えると、人間圏の自然災害による損失を確率的に予測することができる。逆に言えば、自然災害による人間圏の損失率を小さく押し止めるには人間圏の構造と自然災害による損失の関係についての詳細な検討が必要であるということである。以下にさまざまな自然災害についてそれらに特徴的な人間圏へのダメージを紹介し、人間圏の保守の方策について述べよう。また空間的、時間的スケールの大きな、そして人間圏の損失の大きな、ある場合には破壊的な巨大災害についても検討しよう。』

3.1 気象災害
(a) 気象災害の概要
(b) 暴風
(c) 高潮
(d) 竜巻(トルネード)とダウンバースト
(e) 大雨
(f) 大雪
(g) かんばつ
(h) 冷害

3.2 火山災害
(a) 火山災害の種類と要因
  噴出物の起こす災害
  物理的な要因による災害など
  災害の時と場所
  災害の規模
(b) 火山噴出物の流れに伴う火山災害
  溶岩流
  火砕流
  火山ガスの流れ
(c) 岩屑流や泥流に伴う火山災害
(d) 噴煙と降下火砕物による火山災害
  降下火砕物
  航空機災害
  成層圏の微粒子
(e)その他の火山災害
  噴石
  爆発音と爆風
  地殻変動
  火山ガス
(f)火山災害の予測と防災
  噴火の規模と頻度
  火山災害予測図
  噴火予知
  防災対応

3.3 地震災害
(a) 地球科学と地震
(b) ここ100年の日本の地震災害
  三陸地震
  関東地震
  福井地震
  兵庫県南部地震
(c) 世界の地震災害
  メキシコ地震
  マナグア地震
  ペルー地震
  サンフェルナンド地震
  唐山地震
  ルソン島地震
(d) 地震災害の特性
(e) 地震予知と地震調査研究
(f) 都市直下地震の危険性

3.4 津波災害
(a) 津波の概観
(b) 過去の津波災害
(c) 津波災害の特性
(d) 津波地震の危険性
(e) 津波予報と防災対策

3.5 巨大災害
(a) 巨大気象災害−バングラディシュのサイクロン
(b) 巨大地震災害−災害の様相と災害発生のTPO
(c) 巨大火山災害−巨大噴火と人類の歴史
(d) 宇宙災害−小天体衝突による地球環境の変動とその可能性

まとめ

参考文献