住・平(1998)による〔『社会地球科学』(173-176p)から〕


4 予知・防災の地球科学
 この講座では、「災害」という言葉は自然災害を意味している。そこで、まず、「災害」を定義する必要がある。この巻では、広く自然の中に存在する変動が人間社会に不利益をもたらすときに、その変動(とその結果としてもたらされる被害)を「災害」という言葉で表現する。つまり、人間社会の価値観で自然の変動を評価しているということである。一方、「防災」という言葉は、災害を防ぐために人間がとる、何らかの対策や行動を意味している。地球惑星科学の観点からすると、防災とは地球システムが人間社会に与える負の影響を防ぐ、あるいは軽減する人間の活動と位置づけることができる。こう考えると、防災においてはまず、災害をもたらす自然の変動とは何かを理解すること、すなわち地球システムの変動の実態を把握すること、およびそのメカニズムを理解することが不可欠であることがわかるだろう。この点において、地球惑星科学の果たすべき役割は大きいものといえる。次に、災害が人間社会との関係において存在する以上、人間社会そのものに対する理解が問われることになる。なぜならば、自然変動が社会にとって害になっているか否かは、きわめて主観的な問題となる場合も多いからである(長良川の河口堰問題や、有明湾の干拓問題を考えてみよ)。また、ある時には、防災の観点からよいとされたことが時間が経過してみたら失敗であったという事例も存在する。災害の問題において社会地球科学のめざすところは、地球科学的知見に裏打ちされながらこうした2つの側面からの災害関係を理解することである。
 ところで、日本列島に目を転じてみると、わが国では毎年のように洪水や山崩れなどが起き、ときに火山の噴火やそれに伴う火砕流や土石流の発生、さらに地震災害もしばしば起きている。日本列島はまさに災害列島であると言ってよいだろう。これは日本列島の置かれた自然環境の特性そのものを表している。それと同時に人口の都市への集中は、新たな災害の誘発を招く結果となっている。またわが国の首都圏は世界最大の人口を抱えるが、それは巨大地震発生帯のほぼ真上に位置している(石橋、1994)。
 災害の予測・予知を行い防災の対策を立てるためには次のことが必要となる。
 @過去の事例を調べ、その地域での災害の規模や周期などを調査する
 A先行現象の有無や事例、その意味づけを行う
 B災害をもたらす現象のプロセスの理解を通じて(例えば、現象の物理学など)理論を組み立てる
 しかし、災害の発生から終結まで、現象の本質の理解に必要なパラメータを観測・測定した例は決して多くない。とくに何十年に一度というような巨大災害についてはわかっていないことが多い。このために地質学的な方法によって過去の巨大な規模の現象の事例について復元を行うことは大変有効である。それによって、災害のもたらす最悪のシナリオについての推定が可能となり、防災の指針を得ることができる。

4.1 災害とは何か
(a) 災害とは何か

 防災を考えるにはまず「災害とは何か」について考える必要がある。
 災害とは、自然の変動が人間社会に与える不利益を意味する。自然における擾乱や変動現象が、人間社会に対して経済的、社会的に損失をもたらす時に、擾乱とその結果としてもたらされた被害を全部含めて災害と呼んでいる。
 普通、災害が発生する際には、
 @自然における擾乱が人間社会の対処能力をこえた場合
 A人間社会の変化に伴い、従来では問題を生じなかった擾乱が、人間社会に影響を与えるようになった場合
のように、自然側の要因だけでなく、人間社会の側の変化というまた別の要因がある。こうした違いに対応して、人間社会に対する不利益の原因が自然現象にあるときには「自然災害」と呼び、人間社会に起因するときは「人災(人為災害)」と呼んでいる。
 われわれの持っている従来の自然観では、「人間社会を支える自然」、または「母なる自然」、あるいは「人間社会に利用されるべき自然」というように、「客体としての自然」という考え方が主であった。このような自然観では、自然との関わりに対する考え方は一方的なものになり、「人間の外側にあり制御し管理する対象、あるいは勝手に暴れまわり被害をもたらす客体としての自然」という認識が普通のものとなった。その結果として、災害とは人間社会にふりかかる災厄であるという認識が生まれることとなった。「災害原因としての人間社会」という視点は育たず、ましてや自然変動と調和的に存在する社会をどう作っていくかといった問題意識は欠落していたように考えられる。
 そこで、まず人間圏と地球システムとの関係について考えてみよう。人間圏が地球システムから物質的利益を受ける関係を「資源関係」という(第2章参照)。逆に、地球システムが人間圏に対して物質的・経済的不利益を及ぼす関係を「災害関係」という。いわば、人間圏と地球システムとの関係において、人間の価値観から見た正負の関係を表していると考えてよい。しかしながら、両者には、時間的スケール、空間的スケールにおいて違いがある。資源関係では、その関係が一度でも確立されれば、以後は時間的に定常なものとなりうる*1.また空間的には、人間の側で規定することができる。一方、災害関係に関しては、時間的に定常ではありえない。それは本質的に非定常なものである。すなわち、この関係では、どの程度の頻度で、あるいはどのような周期で災害現象が発生するかが、問題を考える上で重要な点となる。また、災害現象の発生は人為的なものでない以上、空間的に人間がこれを規定することは不可能であり、その規模がどの程度のものかは予測できない場合が多い(より正確にいえば、空間的スケールを見積もっても、しばしば裏切られる場合が多いということである)。
*1 ここでは、自然を利用しようとする人間の試みは変化せず長続きするものと暗黙のうちに考えられているが、もちろん資源が無限に存在するわけではなく、厳密にいえば定常ではない。
 地球は、大気や海洋、地殻、マントル、コアなどの物質圏、生物界、人間社会などが形づくる生物圏、人間圏といったサブシステムが相互に複雑に結びつくことで成り立つ、ひとつの巨大なシステムである。再度強調するが、人間はあくまでこの地球システムの構成要素のひとつとして存在しているのだという認識が重要である。今日の人類が直面する地球環境問題は、もはや災害を単に人間社会にふりかかる災厄のように、一面的にとらえることを許してはくれない。つづく2つの項で、そうした自然災害の多面性について考えていこう。』

(b) 地質現象としての自然災害
  洪水・土石流
  斜面崩壊(崖くずれ・地すべり)
  火山災害
  地震災害
(c) 人間活動と自然災害
  ダムの建設と災害
  宅地造成と災害
  地盤沈下、液状化、デルタ崩壊

4.2 地球科学と予測・予知
(a) 災害の予測・予知
(b) 災害の予測・予知と情報社会
(c) 天気予報論
  天気予報
  数値予報
  確率予報
(d) 地震予知論
  中・長期予知と防災
  短期地震予知の可能性
  地震予知研究の目標と体制

4.3 地球惑星科学から見た防災
(a) 防災とは何か
(b) 防災と情報提供
(c) 災害予測とその評価

4.4 都市防災のあり方
  自然環境の評価
  都市の歴史と災害史
  災害ポテンシャル評価と予測
  防災のインフォームドコンセント
  国土の開発保全と社会地球科学

まとめ

参考文献