松井(1999)による〔『水・物質循環系の変化』(269-272p)から〕


目次

8.1 有機物汚染の指標COD環境基準達成のために下水道の果たす役割
 河川、湖沼、海域を汚染しているのは、まず人間の排泄物、生活雑排水である。さらに工場排水、畜産排水、水田畑作からの排水、養殖排水、道路雨水排水その他である。日本の下水道処理人口整備率の上昇(1996年度末で約55%)は、河川の水質汚染状況をBOD(biological oxygen demand。生物学的酸素要求量指標で見る限り少しずつ改善している。これは下水道整備が果たした重要な成果である。しかし、閉鎖性海域、湖沼の水質状況をCOD(chemical oxygen demand。化学的酸素要求量指標で見ると、1965〜75年と比較して一向に改善されていないばかりか、1995年度では、悪化傾向にある。環境基準達成率はそれぞれ、78.6%と39.5%である(図8.1。環境庁、1997:略)。
 COD指標は、歴史的には明治時代に遡って古くから、水道の水質指標(過マンガン酸消費量)として使われてきたものと共通している。戦後アメリカから導入されたBODが河川の水質汚濁指標として利用される一方、湖沼、沿岸海域はCODで汚濁の程度を表している。日本のCOD測定は、過マンガン酸酸化法(CODMn)を採用している。一方アメリカが戦後重クロム酸酸化法(CODCr)を開発して、現在世界的には、この方法を採用するところが多いが、歴史的に伝統のある過マンガン酸酸化法を採用している国も日本の他にイギリスなどがある。河川の水質データを伝統的に蓄積しているのは各自治体の水道部局であり、過マンガン酸酸化法による水質データを生かすために、日本は過マンガン酸酸化法を継続している。
 日本の研究者の間では、過マンガン酸酸化法の物質酸化量が少なく、重クロム酸酸化法の酸化量が多くて、有機物質の完全酸化反応により近いことから、わが国も重クロム酸酸化法に変えるべきという意見もある。しかし、重クロム酸酸化法は、化学分析に時間がかかり、分析排水が、クロム、水銀などを含んでしまうために、廃水処理コストがかさむことから、なかなか変更は困難である。より科学的な指標はTOC(total organic carbon。全有機炭素濃度)であるが、法律ではそのようになっていない。現在TOC測定装置が安価になり使いやすく安定していることから、TOC指標をCOD指標に代えることが望ましい。
 下水中に含まれる有機物質のうち、微生物の集団である活性汚泥(activated sludge)で分解されるであろう易生物分解可能部分はBOD5で測定できる。ところで添字の5の意味は、5日間測定することからきている。欧米では、分析者の週末勤務時間を考慮して7日間で測定しているので、BOD7とするところもある。5より7のほうが値が少し大きくなるが、実際上あまり差がない。そろそろ日本でも、このように分析業務で働く人間のことを考えた合理的対応を認める必要がある。これは環境庁の判断で可能である。過マンガン酸法CODの測定は30分で終了するが、その値とBODの値の相関が問題になる。BODは微生物を利用して、微生物が有機物質を食べて分解するときに必要とする酸素量を測定する。一方CODは、過マンガン酸で有機物等を酸化反応させた過マンガン酸消費量を「酸素等量」に換算したものである。この測定方法は、ともに地球上では酸素が重要な酸化反応物であり、自然界ではあらゆる有機物質が酸化の反応を受けて分解し、無機化されることを根本原理にしている。
 表8.1(略)に都市下水のBOD5とCODMnの比較を記載した(松井、1979)。最初沈殿池処理した一次処理水と活性汚泥処理を終わった二次処理水について調べると、BOD5数値はよく減少しているが、CODMnの減少は鈍い。生物処理前に、BOD値がCOD値より高いのに処理後はほぼ同じ値になっている。このように下水処理場に流入する下水のBOD値、COD値と処理水のそれらを比較して、明らかにCODの除去率の低さ(60〜70%程度の除去率)が理解できる。現在の、微生物利用の標準活性汚泥法では、環境に排出するCOD負荷を低減できていない。
 一方、下水が放流される湖沼を検討してみる。1994年度の測定で、琵琶湖の北湖年間平均値BOD 0.5mg/lに対してCOD 2.4mg/l、南湖年間平均値BOD 1.0mg/lに対してCOD 3.2mg/lとなり、BOD値は改善され低くなるのに対してCOD値が逆転して増加している(図8.2。滋賀県、1997:略)。CODは1975年頃から増加傾向をたどっている。ちなみに琵琶湖の環境基準は北湖、南湖ともCOD 1.0mg/lであることから、環境基準達成がかなり困難な状況であり、上昇するCOD対策が滋賀県の大きな課題となっていることがわかる。
 琵琶湖流域の下水道整備は1996年度で処理人口約50%にまで進行し、工場排水処理対策も対象工場排水量を日量10m^3までに厳しくして(ちなみに平均家族4人で家庭排水日量は1m^3程度)、琵琶湖の水質状況はBOD、CODともに減少すると予想してきた。しかしCOD増加という予期せぬ方向に進んでいる。この原因解明が重大な課題となっている。おそらく下水道だけでなく、合併浄化槽、農村集落排水処理施設、工場排水等特定汚染源のCOD規制対策が必要であるが、水田、畑からの非特定排水や畜産排水対策、都市部の路面からでる雨水対策も必要と考えられる。
 下水道処理人口整備率の上昇で、現在、日本人の生活排水の約50%が、下水道を通過し標準処理を受けているにもかかわらず、前に示したように閉鎖性水域の水質環境改善が遅れている。このまま、処理人口整備率が進み、21世紀初頭に90%まで上昇しても、COD指標で見る限り、日本の多くの公共水域環境において基準達成は困難である。下水の高度処理の必要性がこの点からも理解できる。』