ウォルター〔高木(訳)〕(1999)による〔『衰退するアメリカ 原子力のジレンマに直面して』(157-166p)から〕


 日常のリスク
 リスクの評価は、感覚ではなく、測定可能な科学的データに基づく必要があります。通常はあまり口にすることではありませんが、私達は誰しも最終的にはこの世を去らねばならないことは事実です。「この世界において、死と税以外に確かなものはなにもない。」と語ったベンジャミン・フランクリンの言葉通りです。問題は、私達はいつ、どのようにして死に至るかということでしょう。
 将来リスクの予想を試みた本、記事、そして報道が数多くあります。私にとって最も納得のできる手法は、バーナード・コーエン教授によって展開された方法です1,2。彼は、損失寿命(Loss of Life Expectancy: LLE)という言葉を定義しました。損失寿命:LLEとは、ある人の寿命が、ある特定のリスクに遭遇することによって短縮される平均の寿命のことです3。この章では、彼の研究成果の大部分をグラフの形で提示します。
 私は、原子力の賛否を扱う講演を行うたびに、聴衆に対して、人生の中で何が最も高いリスクであると考えるかを尋ねることにしています。戻ってくる回答はおおよそ予測のつくもので、自動車の運転、喫煙、原子力等があがってきます。その後に私は、図23に示した類の情報を彼らに提示します。
人生の選択肢 短縮された
寿命(日)
未婚の男性 3000
喫煙(男性) 2590
未婚の女性 1600
喫煙(女性) 1530
お酒の飲み過ぎ 365
自動車事故 207
薬の乱用 125
自殺 115
経口避妊薬 70
小型自動車(対、中型) 70
拳銃
時速104キロメートルの速度制限
(対、時速80キロメートル)
図23(A) 人生の選択肢に対する損失寿命

 驚かれるかもしれませんが、男性に対する最も高いリスクとは、独身であり続けることです。いうまでもなく、この結果は聴衆の失笑や、悪意の無いひやかしを引き起こします。男性からは無意識にでるもの、そして女性からは例外なく多少の優越感からくるものでしょう。男性に対して約3000日(少なくとも8年)、女性は1600日(約4.5年)と、男女の双方の寿命が、独身でいることでかなり短縮されることを、事実が明確に示しています。
 リスト上2番目にくるのは、喫煙です。喫煙のリスクは、過去10年の間に、米国で非常に広く知られるようになりましたが、未だ何百万もの人々に若死をもたらしています。男性の喫煙者は約2590日の寿命を失い、女性の喫煙者は約1530日を失っています。飲酒は肝硬変を引き起こし、そして自動車事故にも関係しています。私達は自動車を運転したり同乗することで、通常の平均寿命からちょうど半年の寿命を失っていますが、中型かそれ以上の大きさの車に乗るか、もっと運転速度を下げることによって、このLEEを格段に小さくすることができます。
 同様のデータを職業別にみることができます(図23-B)。最も大きなLLEが、貧窮生活を送る人にみられることに注目してみましょう。富裕国の人々は、貧しい国家の人々より平均寿命が10年も長いという明瞭な傾向が、データによって示されています。未熟な労働者は、熟練したまたはやや熟練した労働者に比べ、寿命が2.5年短くなっています。専門職、技術職、そして管理職は、4年長い寿命を持ち、そして企業の幹部は、未熟練労働者より7年も長い寿命を持ちます。教育レベルによって分類してみると、高校を卒業した米国人の寿命は、小学校を中退した人より約2年長く、大学卒業者は、小学校中退者より少なくとも4年長い寿命を持ちます。
職業 短縮された寿命(日)
貧困な生活 3500
社会経済的に低い地位 1670
炭鉱夫 1100
小学校中退 800
ベトナムへの兵役 400
職業上の事故 74
放射線作業従事者 23
図23(B) 種々の職業に対する損失寿命

 採炭は、事故や粉炭による炭塵肺病があるために、最も危険な職業の一つです。採炭に携わっていた労働者は、平均して約3年の寿命を失っています。
 全業種の労務災害によるLLEは74日(約2ヵ月半)です。放射線取り扱い従事者は、(めったに発生しないことですが)許容線量一杯の放射線を受けたと仮定すると、平均寿命から1ヵ月弱の約23日を失います。放射線労働者に対するこの計算は、放射線による健康影響を推定する際に、線形相関モデルを用いていることを忘れてはなりません。読者は、これがほぼ間違いなく健康影響を過大評価していることを思い起こされるでしょう。実際(第4章で論じたように)造船所での放射線労働者について蓄積された実際のデータによるならば、このLLEはゼロかもしくは負の値になると結論されます。
 先に進む前に、最も危険な職業とは、実際には職業ではないのですが、「失業」であることを私達は再認識する必要があります。統計によると、1年間の失業は約500日のLLEに換算できます。表現を変えれば、1日の失業は、私達の寿命を1日以上短縮させるのです! これは、1日当たり10箱の煙草を吸うことに相当します。米国の国全体で考えると、1%の失業率増加により、3万6000人の命が失われることになると見積られます。これには、2万人の心臓病、500人のアルコール性肝硬変、900人の自殺、および650人の殺人が含まれます。これらの死に加えて、3300人の刑務所服役、4200人の精神病院入院があります。失業の増加が、非常に大きな負の健康影響を持つことは明白です。
 次に、図23-Cに示した疾病リスクの考察に進みましょう。前に述べた通り、心臓病は米国で一番死亡率の高い病気と考えられています。その心臓病のLLEは少なくとも1600日ですが、しかし既に見てきた他の要因のいくつかより小さい値であるのは注目すべきことです。国規模では、心臓病よりも貧困であることの方が、人の寿命を短縮し生活の質を低下させている現実を、私達は認識しなければなりません。
健康 短縮された寿命(日)
心臓病 1607
1247
14キログラムの肥満 1020
発作 510
肺炎、インフルエンザ 105
エイズ 55
図23(C) 健康状態に対する損失寿命

 がんは他の病気に比べて、より注目を集めます。実際、がんは死亡率の高い主要な疾病であり、米国人から少なくとも1200日の寿命を奪っています。がんは主として高齢者の病気です4。年齢を増すごとに、何らかの種類のがんで死亡する確率は高まります。つまり総合的に考えると、米国で発がん率が高くなっている第一の理由として、米国人の寿命が延びていることが挙げられます。
 私達の関心の焦点が健康にあるならば、大部分の米国人は必要以上の食事をしていることを思い起こす必要があるでしょう。多くの場合において、そのような食生活の結果生じる健康影響は、がんによる影響を凌ぐものです。例えば、平均より30ポンド(約14キログラム)体重が超過すると、そのLLEは1000日になります。
 最後に、図23-Dの「環境・境遇」リスクを調べてみましょう。これらは、私達にはコントロールする術のないリスクです。例えば、男性として生まれるか、女性として生まれるか、黒い皮膚を持つか、あるいは白い皮膚を持つかは、自分達に選択の余地はありません。それにもかかわらず、男性であることや、黒い皮膚を持つことは、相対的に短い人生を送ることにつながります。
偶発的状況 短縮された寿命(日)
男性であること(対、女性) 2800
黒人であること(対、白人) 2000
全ての事故 366
大気汚染 77
毒物による呼吸困難 52
喫煙者との結婚 50
屋内のラドン 29
転落 28
溺死 24
火事・火傷 20
原子力*(UCS)
原子力プラント周辺での居住 0.4
原子力*(NRC) 0.05
図23(D) 偶発的状況に対する損失寿命
* 本文を参照

 同様に、事故も「環境・境遇」リスクとみなされます。全ての事故を加算したトータルのLLEは、約1年になります。溺れること、落下すること、中毒にかかること、そして火事に遭遇することなどの事故は全て、リスクという観点では、喫煙者と一緒に生活することと同等です。
 ではここで、原子力によるリスクをみてみます。多くの人々が、この技術の存在を許容することについて決定権を持たないと感じているので、私はこれを「環境・境遇」の分類に入れることにしました。
 第5章でみたように、原子力のリスクに関する詳細な研究は、原子力規制委員会(Nuclear Regulatory Commission: NRC)によって1970年代半ばに行われました。原子力産業界の中で、NRCは安全問題に関して非常に保守的であると考えられています。彼らは、考えうるあらゆる事故結果を分析する際、常に最悪のことを仮定します。規制者として、そうした立場を取るのは一般に適切な姿勢といえるでしょう。損失寿命を算出する彼らの研究結果は、原子力産業によって平均的米国人が0.05日(約1時間)のLLEを強いられているというものでした。ここでこの計算は、現在の約5倍の原子力発電設備があり、私達の電力の全てが原子力で賄われていると仮定しています。
 あなたはこれが信じられるでしょうか? 最悪のシナリオを考慮したデータが示す結果がこれなのです。繰り返させてください。現在の発電割合が21%である原子力によってもしも全ての電力を発電したとしても、米国の公衆に及ぼされる最大のリスクは、約1時間の寿命の短縮に過ぎないのです!
 これを聞いて、何人かの人はこう言うかもしれません。「あっそう。でも原子力推進者が言うことでしょう。これをどう信じろって言うんだい?」 いうまでもなく、米国には、原子力産業の欠陥のみに焦点を合わせる反原子力グループがあります。これらのグループの中で、「憂慮する科学者同盟」(UCS: Union of Concerned Scientists)は、おそらく最も批判的で、遠慮なく意見を述べる集団です。マサチューセッツ州、ケンブリッジに拠点を置くUCSは、マサチューセッツ工科大学に所属する数名の教職員の支持を得ていることを誇りにしています。そのグループは、NRCの研究について厳しく疑問を投げかけ、そして真の健康影響はNRCの結果より約40倍高いと主張しました。これを基にすると、原子力によるLLEの計算値は、約2日(40×0.05)ということになります5。例え彼らの計算が正しかったとしても、原子力のリスクとは、私達の行動、習慣、および日常生活に当然のごとく備わっているリスクほどには大きくないことがお分かりいただけることでしょう。

 壊滅的事象
 前章までのリスク比較から、原子力は非常に低いリスクを提示していることが分かりました。このことは、反原子力派閥が計算した数値に基づいたとしても変わらない事実です。
 私は、非常に多くの人々を悩ましているものの一つが、大災害の可能性ではないかと思っています。有名な心理学者であるロバート・デュポン博士は、この問題を徹底的に研究した結果、多くの人々が恐怖症的な不安によって精神的に麻痺させられていると結論しました6。そうした人たちは、例えその仮想事象が完全に現実から遊離しているとしても、「もしそれが起きたらどうなるか」と考えてしまう、扱い難い苦境に陥れられています。人々は、多くの人命を奪う一つの大きな事象を非常に恐れる一方で、非常に長い時間をかけて徐々に、しかし、さらに多くの人命を奪う事象については、さほど大きな不安を示しません。
 私達は日々その証をみています。10人を超える死者を出した飛行機事故は、一面をかざるニュースになります。しかしながら、見出し記事となる飛行機事故の1000倍以上の人々が、毎年自動車事故で亡くなっています。1974年にメディアによって今にも起こると騒ぎ立てられた「災害」である、スカイラブ衛星の落下は古典的な例です。結局その衛星は、カナダの北部に災害をもたらすこと無く落下しました。この事象による実際のLLEは0.002秒でした!
 私達のこうした理性なき振る舞いは、決して軽んじられるべきでありません。この懸念について考えてみるために、私達がある製品を製造する上で、AとBの二つの技術を持っていることを想定してみましょう。Aという技術は、1年当たり1回の大事故を引き起こし、100人の犠牲者を出すことが知られている一方、技術Bは、比較的人目につかずに、井年当たり1000人犠牲者を出すと仮定します。コーエン博士が指摘しているように、もし私達が、技術Aから生じる1年当たり1回の壊滅的な事故を回避するために技術Bを選択するならば、私達は意識的に900名の人々を死に追いやることになります。私達が、一つの壊滅的な事故に対して非常に感情をかきたてられるからといって、900名の人々が死ななければならないということがあるでしょうか?
 原子力は、このような懸念のために、実に酷い仕打ちを受けてきました。壊滅的事象に対する恐怖症が現実であることを私達が認めるならば、壊滅的事象のリスクと原子力のリスクを比較することは意味のあることでしょう7図24はその比較を示しています。
破滅的事象 短縮された寿命日数
原子力(UCS)
飛行機の墜落(乗客)
竜巻 0.8
落雷 0.7
大火災 0.5
ダムの決壊 0.5
ハリケーン 0.3
大きな爆発 0.2
飛行機の墜落(地上の人々) 0.1
大量の化学物質放出 0.1
原子力(NRC) 0.05
図24 破滅的事象に対する損失寿命

 最初に、図24のスケールは図23のスケールの1000分の1と小さいことを強調しておく必要があります。すなわち、これらの事象のLLEは、私達が前に論じた日々のリスクよりはるかに小さいのです。これによると、飛行機事故は私達の平均寿命をわずか1日短縮させるだけであることが分かります。それにもかかわらず、飛行機事故を伝えるメディア報道によって、飛行機を利用する多くの人たちが離陸、着陸時に不安に脅えるようになりました。
 落雷、台風、竜巻、そして大火事にような災害によって命を落とすことのLLEは約0.5日です。NRCのよって計算された原子力による0.05日のLLEは、これらの天災、もしくは人災より、著しく小さい値です。図24に示された原子力に関連しない事象によって、何千名もの米国人が実際に犠牲になっているのです。今日までに、米国の公衆が原子力産業の放射能漏れの結果死亡した例はありません。ここに示された数は、「もしも事故が生じたらどうなるか」と仮定した計算に基づいたものです。

(1) Cohen, Bernard L., Before It's Too Late, Plenum Publishing Corp., 233 Spring Street, New York, N.Y., 10013, 1983.
(2) Cohen, B.L. and I.S. Lee, “A Catalog of Risks,” Health Physics 36, 707 (1979);さらに、Bernard L. Cohen, “Catalog of Risks Extended and Updated,” Health Physics 61, No.3, September 1991, pp317-335.
(3) 典型的な損失寿命(LLE)を計算するためには、40歳の人が1%の確率で即座に致命的となる危険を冒すと仮定します。(平均寿命を77.3年とすると)統計は、もしこの危険が招かれなかったならば、この人はさらに37.3年の平均余命を持つことを示します。したがって、この活動のLLEは、0.373年(0.01×37.3年)です。これは、この人が危険を冒した結果、0.373年早く死亡することを意味しているのではありません。そうではなく、100人の人々がこの同じリスクを冒した場合、それにより1人が寿命を37.3年短縮して即座に死亡し、残りの99人には全く寿命の短縮がないことを意味します。このことを加味しても、0.373年という重みを持ったLLEは、危険の大きさをつかむ上で有意義で容易に理解できる方法です。
(4) Ames, Bruce and Lois Gold, Phantom Risk: Scientific Inference and the Law, MIT Press, Cambridge, MA, 1993.
(5) 第5章におけるMITのRasmussen教授による類推を考えることによって、故意に批判的な精神を持つ人が、「際限のない懸念」をどのように推測するかを理解できます。「憂慮する科学者同盟」(UCS: Union of Concerned Scientists)の極端な数値を、この国の原子力専門家の99%以上が真剣に疑うに違いありません。
(6) duPont, Robert L., Nuclear Phobia-Phobic Thinking About Nuclear Power, Media Institute, 1627 K Stret NW, Suite 201, Washington, DC, 20006, 1980.
(7) 幸いにも、原子力に対する公衆の反対が恐怖症めいてはないことを示す、いくらかの証拠が得られつつあります。それどころか、原子力への反対は妥当な根拠をもって申し立てられています。有名なリスク分析学者であるRutgers大学のPeter Sandman博士は、duPont博士によって定義された要素(第5章を参照)やその他の要素を、定量化して扱えることの興味深い証拠を整理しました。Sandman博士は、これらの要素を公衆の「憤慨」の主要因と考え、科学者が定義するところの「危険」(事象の発生確率とその影響度の積)に加えなければならないと主張しています。その主要因とは、「自主的な」(無意識的な)、「制御できる」((制御不能な)、そして「親しみのある」(未知な)というものです。原子力界がしばしばこのような要素の含意の認識を怠り、その結果適切な配慮をしてこなかったことは否めません。 Sandman, Peter M., “Risk Communications: Facing Public Outrage,” EPA Journal, November 1987, pp.21-22 を参照。