和田(1997)による〔『新・地球環境論』(199-200p)から〕


第6章 放射能汚染
 1986年4月に起きたチェルノブイリ原子力発電所の事故以来、10年余が経過した。その影響は当初、予想されたものよりはるかに深刻なものであることが、時間の経過と調査の進行とともに明らかになり、放射能の危険性を改めて世界中の人びとに示しつつある。私たちは、広島と長崎の原子爆弾投下や核実験などによって放射能の恐ろしさを知っているが、一度、重大な原発事故が起きると、その放射能汚染の度合はこれまで経験したものよりはるかに大きいものになるのである。その汚染は、周辺地域だけに留まらず、遠く離れた地域でも高濃度の放射能汚染に見舞われる場合もあり、広範な地域に長期的な影響をもたらすことが事実に基づいて明らかになった。また、たとえ直接、降ってくる放射能がわずかであった地域でも、汚染された食料品の輸入などによって地球全体に放射能が広がることも起こった。
 チェルノブイリ原子力発電所の事故以後、原発の廃棄や凍結を決定する国が現れる一方で、依然として原発推進をエネルギー政策の柱としている国もある。日本でも住民の不安の声が高く、原発設置が計画された新潟県巻町では住民投票によって設置が拒否されている。しかし、それにも関わらず、地球温暖化を防止するためには二酸化炭素を排出しないという理由で、原発を大幅に推進する政策が進められている。日本の1996年度予算のうち、地球環境保全関係と称する各省庁予算の総額5,688億円のうち、原子力開発費が3,376億円と約60%も占めていることが、環境庁がまとめた資料によって明らかになっている。
 しかし、原子力開発が地球環境保全の重要な柱となりうるのかどうかを判断するためには、単にそれが二酸化炭素を放出しないエネルギー生産様式であるという面だけでなく、その安全性についての科学的検討が十分なされねばならない。今日の地球の放射能汚染についての正確な把握も欠かすことはできない。現在の時点では、地球全体を平均化した場合、自然放射能と比較すると人工放射能によってもたらされた汚染は、それほど高いレベルでないことは事実である。しかし、放射線の人体影響は汚染のレベルが低くても放射線を受ける人数が多ければ、影響を受ける人が増加する。放射能は、化学物質のように化学的に無害化処理できるものでないだけに、ひとたび高度に汚染された地域はきわめて長期にわたって人間が居住できなくなってしまう。原子力利用が拡大すれば、環境放射能が増加し続けることは確実であり、低レベルの放射線の長期にわたる被曝の影響については不明確であることからも、放射能汚染に対して慎重にならざるを得ない。
 そこで、この章では放射能に関する基礎知識を踏まえたうえで、これまでに起こった放射能汚染のおもなものを中心に、現在の地球の放射能汚染の実態を明らかにすることにしよう。』