河村(1988)による〔『環境科学I 自然環境系』(5-7p)から〕


(3) 環境科学
 環境に関する諸問題を研究する学問分野が環境科学であるということができるが、世界的にみても、環境科学という用語が用いられるようになったのは1960年代の終り頃からである。環境の節で触れたように、環境と関係した学問分野としては、生物との関係では生態学が、人間生活との関係では地理学が、比較的古くから発展してきた。しかし生態学は生物学の一分科として考えられ、地理学も地域の科学として発展し、あるいは自然科学の一分科としての色彩が強くなったので、広義の環境科学には含まれる面が多いが、環境科学そのものとはいえない。
 しかし環境科学は成立後、日が浅いために、まだ学界で一般的な共通理解が得られるまでに体系化されてはいない。したがって、現在「環境科学」と題する書物でも、定義あるいは内容は著者によってまちまちである。その中では、「人間と環境との関連を研究する学問分野」、換言すると人間生態学(human ecology)という考え方がかなり一般性をもっている。たとえば「人間活動から生じる環境特性の変化に関する基礎および応用調査に関する学問」(佐々、1980)、「人間活動の影響による地球上の環境の変化とこれに対する人間の適応などのような、人間活動と環境との相互作用を研究する学問」(Schmidthusen、1974)などがその例である。またこれとは若干異なるやや広義の考え方としては、「生物と環境とのかかわりを研究する生態学が環境科学の中心をなし、都市計画・地域計画・経済地理学・疫学・社会医学・気象学・農学なども含めて環境問題を総合的に考察する学問」(Watt、1978)、あるいは、「既存の学問分野の知見を応用して環境問題の解決に寄与する学問」という定義もある。後者によると、環境工学・環境医学などの複合体としての環境科学が存在することになる。極端な例として、わが国では環境問題すなわち公害問題と考えられていた時代の風潮を反映して「環境科学は公害問題を研究する学問」(産業公害同友会、1977)という定義がなさえた。しかし、前述のとおり、環境問題の多様性が認識されてきた昨今では、この定義は狭すぎるといえよう。
 環境科学は、既存の学問分野に基づく分析的な科学研究が複雑な環境系を取り扱うことができないことから、環境を全体的に捉え、多くの学問領域から環境に関する事項を抜き出して結合させる必要に迫られて生まれてきた。これまで、大気・海洋・陸水・土壌などの環境汚染や人間活動に伴う植生の変化などによる生態系の変化、環境保全と開発などの具体的な問題解決が先行し、これに関連する部分の研究が集中的に行われたのは当然であるが、年とともに環境に関する基礎的研究が盛んになってきている。また学際的領域であるだけに、分析的手法のみならず総合的手法の重要性が増している。
 わが国では1970年代から環境科学に関する研究・教育組織が数多くつくられただけでなく、文部省科学研究費補助金による大規模な環境科学特別研究のプロジェクトが実施され、これらが基盤になって、環境科学会が1987年に設立された。このような学界の歩みに伴って今後の環境科学の進歩・充実が期待されている。』