福岡(2002)による〔『「風化と環境」研究会』発表会資料〕


2002 年3 月18 日


溶解速度と風化速度−レビュー−


福岡正人(総合科学部)


 野外における風化速度(weathering rate)は、母岩や土壌を構成する鉱物の溶解速度(dissolution rate)に大きく依存するため、室内実験によって特定の鉱物の溶解速度をさまざまな条件のもとで決定する研究と、室内実験によって得られた溶解速度の結果を天然での物質収支の測定結果に基づいて得られた風化速度と比較する研究が、1980年代頃から数多く行われてきた。とくに、地球表層を構成する物質の中で量的に最も多く、また化学組成的にも重要な元素を含む珪酸塩鉱物である長石グループ〔plagioclase(NaAlSi3O8〜CaAl2Si2O8)とalkali feldspar(KAlSi3O8−NaAlSi3O8)の2つのシリーズ〕に対しては、室内実験による溶解速度の決定とその溶解のメカニズムの解明に関する研究が精力的に行われてきている。その結果、天然の長石風化速度は室内実験による溶解速度に比べて10〜10,000倍も遅いことが一般に認められているが、その違いの原因を十分に解釈できる状況には到っていない。しかし、このような不一致は、長石以外の鉱物の溶解速度においても認められるため、その原因となる要因には天然の風化現象全般のメカニズムを理解する上でも重要な要因が共通して含まれていることが考えられる。本レビューでは、そのような意味も含めて、天然での鉱物風化速度と室内実験による溶解速度との間に違いを生む原因と考えられる諸要因について紹介する。

【天然での風化速度と室内実験による溶解速度の違いを生む要因】
@ 時間

 時間とともに鉱物の風化速度が減少しつづけること(『老化(aging)』と呼ばれる)は、天然でも室内実験でも報告されている。天然における風化時間を室内実験では再現できないため、室内実験での方が速い速度を示しやすい。時間とともに風化速度が減少するメカニズムは十分には理解されていないが、原因の一つは溶解が優先的に起こる高エネルギーの反応サイトが消失するためと考えられている。
A 鉱物の表面積
 鉱物の表面積は、溶解速度(単位時間と単位面積当たりの溶解量)を計算する際の重要な量であり、通常はBET 法か幾何学的計算法により求められる。とくに天然の場合、風化の進行に伴う土壌の発達の間に鉱物表面積が数桁も変動することが知られており、その表面積推定誤差が大きく影響する。
B 鉱物表面の欠陥(defect)
 溶解反応は鉱物表面において溶液との間で起こるが、反応サイトは均質に存在するのではなく、例えば欠陥は優先的に反応が進むサイトの一つと考えられる。また、表面粗さや内部孔隙とも関連しており、これは表面積の大きさに影響する。
C 鉱物と溶液の接触状態
 室内実験では鉱物は溶液と完全に接触した状態にコントロールできるが、天然では透水率の違いや含水率の変化などで鉱物と溶液の接触の状態は不均質である。これは地下水の飽和帯か不飽和帯かで大きく異なるし、ミクロな孔隙だけでなくマクロな孔隙(割れ目)の存在量と様式の違いによる溶液通路における流動の影響も生じる。さらに、滞留時間の違いも加わって孔隙水の化学組成は局所的に変動するため、室内実験との比較の際には注意が必要である。
D 溶液の化学組成
 溶解反応には溶液中のさまざまな化学種が関与するが、水素イオン濃度(pH)や有機物配位子(ligand)も含めてこれらは溶解速度を速めたり遅くしたりする働きをする。
E 鉱物表面のコーティング
 天然ではとくに鉱物表面は二次鉱物である鉄やアルミニウムの水酸化物により覆われている場合が多く、さらに有機物や粘土鉱物も皮膜を形成する。これらの影響は定量的に考慮できる段階にはない。また、室内実験でも実験条件によっては二次鉱物が生成し、一次鉱物と溶液との接触面積を減らす。
F 生物による影響
 植物や微生物による影響はほとんど定量化されていないが、室内実験との比較や天然の生物活動の乏しい環境についての研究から、生物が風化を促進する効果は穏やかなものであると一般には考えられている。しかし、風化と生態系との関連は今後さらに重要となるため、さらに詳しい研究が求められる要因の一つである。
G 乾湿サイクルの影響
 天然の環境では、降水量の時間的変化に対応して含水率が変化すると、乾燥状態と湿潤状態が繰り返し生じ、両者において異なる風化速度を示すことになる。
H 温度
 溶解速度は一般に温度が高くなると速くなり、反応の活性化エネルギー(activation energy)などが既知であればアレニウスの式(Arrhenius equation)により計算できる。しかし、天然に適用可能な室内実験データは限られている。
I 溶液の飽和状態
 溶解反応が平衡状態に近づくにつれ、溶解速度は減少する。例えば、活動度積と平衡定数の比で未飽和度(degree of undersaturation)あるいは化学親和力(chemical affinity)を定義し、これらについて天然の風化速度を検討することは行われているが、多くの問題が残されている。

【参考文献】
White, A.F. and Brantley, S.L.(eds.)(1995): Chemical Weathering Rates of Silicate Minerals .

Reviews in Mineralogy, Volume 31, Mineralogical Society of America (Washington, D.C.), 583p.
・Chapter 1 Chemical weathering rates of silicate minerals: An overview (White, A.F. & Brantley, S.L.), 1-22.
・Chapter 7 Feldspar dissolution kinetics (Blum, A.E. & Stillings, L.L.), 291-351.
・Chapter 9 Chemical weathering rates of silicate mineral in soils (White, A.F.), 407-461.
・Chapter 10 Weathering rates in catchments (Drever, J.I. & Clow, D.W.), 463-483.
・Chapter 11 Estimating field weathering rates using laboratory kinetics (Sverdrup, H. & Warfvinge, P.), 485-541.
・Chapter 12 Relating chemical and physical erosion (Stallard, R.F.), 543-564.
・Chapter 13 Chemical weathering and its effect on atmospheric CO2 and climate (Berner, R.A.), 565-583.

 その他の文献は広島大学「風化と環境」研究会による『風化関連文献検索システム』(http://slate.ias.hiroshima-u.ac.jp/~postgres/weathering/)を参照。』