『3 風化残留物
3.1 移動度の尺度の普遍性
風化残留物の組成から元素の移動度を評価するためには、未風化岩石の組成が既知であることが必要である。ある岩塊について、新鮮な部分から最も風化の進んだ部分までの一連の試料が分析されているならば、そのデータは移動度を推定するうえで非常に有用である。
しかし、この場合も元素Mの移動度を(1)に示したような形式、
相対的移動度=(風化残留物中のMの濃度)/(未風化岩石中のMの濃度) (3)
で与えたのでは、(2)のもつ欠点をそのまま引き継ぐことになる。移動しにくい元素では、この式で定義される相対的移動度の値が1をほるかに超えることも起りうる。
そこで移動度が完全に0であるような仮想的元素Zを考え、(3)のMの濃度のかわりに濃度比M/Zを使用することにする。
相対的移動度=(風化残留物中のM/Z比)/(未風化岩石中のM/Z比) (4)
この尺度では移動度1というのはまったく移動しないという意味になる。これに対して移動度0というのは、風化残留物中にまったく残留しないことになる。そこで新しく次の移動度μを定義する。
μ=1−(風化残留物中のM/Z比)/(未風化岩石中のM/Z比) (5)
ここで定義されたμは0と1の間の値をとり、一般性のある尺度となりうる。現実の元素ZとしてはAlまたはTiを選ぶのが常識的である。極端な酸性環境でない限り、この選択は妥当であろう。
3.2 移動度の計算
移動度の計算に使用できるデータとしては、与えられた環境における風化の最終生成物であることが必要である。最終生成物は必ずしも平衡状態にあるとは限らない。ある岩石が風化を受けている段階では、その表層部に岩石の内部から溶出した成分が拡散によって供給される一方で、同時に降雨による除去が進行している。各成分について単位時間当りの供給量と除去量がバランスしているならば、ここに定常状態が成立し、表層部の組成は一定に保たれることになる。この状態にある表層部をもって風化の最終生成物とみなすのである。
野外にみられる風化された岩塊の表層部はこの条件を満足していると仮定し、山田ら(1968)が報告している岩手県千廐付近の風化された石英閃緑岩の分析値をも用いて、(5)によるμの値を計算した。移動度の基準となる元素にTiをとれば、μの値はCa
0.85、Na 0.80、K 0.66、Si 0.36、Mg 0.32、Al 0.12、Fe 0.05となった。
Chesworthら(1981)はフランス中部Belbexの玄武岩とその風化生成物について移動度を見積ったが、そのときに移動しない成分と仮定して計算の基準に用いたのはAl2O3、Fe2O3、TiO2の合計量であった。これを前例と同じようにTiを基準元素にとり、新鮮な玄武岩(試料番号1〜3)と表層の未固結部分(試料番号13〜15)のそれぞれの平均値を用いて移動度μを求めた。その結果はNa0.97、Ca
0.94、Mg 0.91、K 0.76、Si 0.47、Fe 0.09、Al 0.03であった。表層部は方解石、チャートから成る岩屑が混入しているので、これを考慮すればMg、Kの順序を除いて石英閃緑岩の風化にみられる移動度とよく一致するように思われる。玄武岩の風化ではMgの移動度が大きくなるが、これはBelbexの玄武岩においてはMgOの含量が高く(平均9.40%)、そのために風化残留物中の保持される量に比較して溶脱される量が多くなり、これが移動度μを増大させたのであろう。
このように移動度は風化残留物が種々の元素を保持する能力にも依存している。残留物中に保持される傾向が少ないCa、Naの移動度は常に大きい値をとる。
Middelburgら(1988)はポルトガル北部の花こう岩から風化の程度が異なる試料を採取し、Tiを基準にとって元素Xの濃度変化率を計算した。
濃度変化率=〔(X/Ti)sample/(X/Ti)parent−1〕×100 (6)
これは(5)とほぼ同じ内容をもっている。風化の進行度は次式によって定義した。
R=(CaO+Na2O+K2O)/(Al2O3+H2O) (7)
(7)の分子は長石の残存量、分母は粘土鉱物の生成量に対応する。Rに対して濃度変化率をプロットした図から判断すると、移動度が非常に大きい元素はCa、Na、中程度の元素はK、Rb、Mg、Sr、Ba、Si、P、移動しない元素はSc、Zr、Hf、Th、V、Nb、Taであった。
これと類似の研究は南アフリカのKaroo粗粒玄武岩の風化断面について行われた。新鮮な粗粒玄武岩とそこから10m離れた赤色の酸化的粘土の組成をAl2O3について規格化し、その結果を比較することによって、この場所の風化過程における移動度がNa>Ca、Sr>Mg>K>Rb、Ba、Siであることを見いだした。この研究では風化された岩石中で希土類元素の局所的な再配分と分別が起っていることも指摘している。この例でもKよりもMgの移動度が大きくなっているが、その理由はすでに述べた通りである。
このような再配分と分別は移動度の決定を困難にする。とくに酸化還元の影響を受けやすいFe、Mn、さらにこれらの元素と類似の行動をとるCo、Niも環境の酸化還元電位によって移動度が大きく変化することが知られている。
岩石の風化過程における元素の移動度を求める方法について述べ、実際にケイ酸塩岩の主成分元素の移動度を計算した例を示した。ここで設定した移動度は0と1の間の値をとる。移動度0というのはまったく移動しないこと、1というのは完全に溶脱されることを意味する。
元素はすべて一様に溶脱されるとは限らない。Na、Caのように溶脱されやすい元素がある反面、Al、Tiに代表されるほとんど移動しない元素もある。移動度は風化される岩石(母岩)中の濃度にも依存する。ケイ酸塩岩中のMgの場合は、母岩中のMg濃度が高いほど移動度が大きくなる。母岩が酸性岩であるか、それとも塩基性岩であるかによって元素の移動度の順序に入れかわりがあるが、その主な原因は風化残留物に元素を保持する容量がどのくらいあるかにかかっている。
湧水に代表される地表水に含まれる成分のうち、岩石風化によって供給されたものはNa、K、Mg、Ca、HCO3、Siである。Siは分子状のSi(OH)4として存在する。ただし、これらの成分は大気降下物にも含まれているので、すべてが岩石の風化生成物であるとは断定できない。移動度の知識はこれらのうちどのくらいが岩石に由来するかを推定するうえで有用である。たとえば、Naの相対溶出量は母岩中のNa濃度にNaの移動度(約0.9)を掛けたものである。他の元素についてもこの計算を行えば、溶出成分の相対組成が得られる。
移動度はまたpH、酸化還元電位(Eh)によっても変化する。ここで議論した移動度は地表条件下、すなわちほぼ中性で酸化的条件下におけるものである。グローバルな環境問題として注目されている酸性雨が土壌、岩石に与える影響を予測するためには、移動度をpHの関数としてみなければならない。酸性雨のpHを考えるとpH4付近の移動度データが必要である。この目的を達成するためには、湧水のpHと溶存成分濃度の関係を調べることである。重金属についてはLedinら(1989)が報告しているが、これをさらに多くの成分に拡張すればよい。けれどもこのような湧水が見あたらないとき、あるいはそのpH変化が小さいときは、pH4程度の湧水によって変質を受けた岩石を分析することである。ただし、これらの方法はどちらも水が常に大過剰に存在するときの移動度に対応する。いいかえれば、酸性雨がたえず降っているときの移動度である。これがどの程度に実際の環境を反映するかは、これからの研究に待たなければならない。
それと同時に移動度とEhの関係も重要な検討課題である。水田土壌、堆積物についての研究成果はこの問題解決に多くの手がかりを与えている。元素の移動度とpH、Ehの関連については次の機会に譲りたい。』