瀬野(1995)による〔『プレートテクトニクスの基礎』(1-8p)から〕


1.1 プレートテクトニクスの基礎概念
テクトニクスとは

 テクトニクスとは、訳語を“造構論”あるいは“造構運動論”といい、造構運動を説明する理論のことである。それでは造構運動とはなんであろうか。地殻活動の盛んな日本に住んでいる我々は、大地が突然に引き裂かれる地震や、ゆっくりした土地の隆起のような地殻変動、あるいはまた雲仙普賢岳の噴火のような火成活動などを通して、地下の岩盤は不安定でつねに変動していることを知っている。そのような変動の積み重ねが、活断層や活褶曲や火山帯などの地球の表面の活構造をつくるのである。このような、日本列島を今の姿にあらしめている地殻活動を造構運動と呼んでいる。したがって、テクトニクスとは造構運動がどのようにして起きるのかを説明する理論なのである。“プレートテクトニクス”は、それにテクトニクスという言葉が含まれていることからわかるように、そのような理論の1つである。プレートテクトニクスは、日本語に訳せば板造構論あるいは板状造構論となるが、そのような用語は一般に日本では用いられない。ただし中国や台湾ではプレートテクトニクスのことを“板塊構造学”と呼んでいる。

4つの要素
 プレートテクトニクスの基礎概念は、「地球の表面は、何枚かの、固いリソスフェアのひろがりであるプレートで覆われ、軟らかいアセノスフェアと呼ばれる層の上を互いに運動している。地球の表面の造構運動は、あるプレートと別のプレートが接する境界で起きる」ということである。
 これは、以下の4つの要素に分解できるだろう。1つめの要素は、「地球の内部が表面の固いリソスフェアと呼ばれる層と、その下の軟らかいアセノスフェアと呼ばれる層に分かれている」ということである。これは地球内部の流動性に垂直方向の差異があるということを意味している。2つめの要素は、「リソスフェアは水平方向にひろがりをもち、何枚かに分かれる」ということである。水平方向にひろがりをもつリソスフェアは、プレートと呼ばれる。3つめの要素は、「それらのプレートは互いに運動をしている」ということである。最後の要素は、「隣り合うプレートとプレートの境界(プレート境界という)で造構運動が起きる」ということである。この4つめの要素が、プレートテクトニクスをテクトニクスの一理論であらしめている所以である。それは、地震や火山などの地殻活動を、プレートどうしの相対運動に帰着させようということなのである。
 このようなプレートテクトニクスの基礎概念を模式的に表わすと図1.1.1(略)のようになる。固いリソスフェアのひろがりであるプレートが、アセノスフェアの上を運動している。プレートとプレートの接するプレート境界で地震などの変動は起こる。それでは、なぜこのようなプレートテクトニクスが地球で成立しているのだろうか。

リソスフェアとアセノスフェア
 プレートテクトニクスが成り立つためには、まず1つめの要素、「地球内部の流動特性がリソスフェアとアセノスフェアに分かれている」が成り立っていなければならない。この区分は、地球の化学的な区分=地殻、マントル、核という物質の違いとは別のものであることに注意しよう(8頁、話題:地球の層構造参照:略)。それは、地球のある部分に荷重をかけたときに、どれくらいの速さで変形が進行するか、という物の軟らかさによってはかられる区分である。
 物理的にはそれは、歪み速度と応力の関係式
     τ=2με     (1.1.1)
を結ぶ係数μ(粘性率)の大小であらわされる。ここでτは偏差応力、εは歪み速度である(話題:応力と歪み参照:略)。この式は、同じ変形速度をもたらすのにμに比例して大きな応力が必要であることを示している。すなわち、μが大きいとそれだけ物質は変形しにくいということである。
 したがって、前にのべた流動特性の区分は、リソスフェアの粘性率は大きく、アセノスフェアのそれは小さいということをいっている。なぜそのような区別が生じるのだろうか。一口でいうと、それは地球の内部の温度が深くなるほど高くなるからである。なぜ温度が高くなるかは次の節でみる。温度が高ければ、炎天下にさらされたアスファルトがどろどろになるのと同様に、マントルの岩石も軟らかくなる。反対に地表面付近は温度が低いので、アスファルトを冷蔵庫に入れると固くてパリパリになるように、岩石も固くなる。』

リソスフェアとアセノスフェアの直接的証拠
 それではマントル物質の粘性の違い=リソスフェアとアセノスフェアの区分を直接示している観測事実はあるのだろうか。
1)地震波の速度と減衰
 前に述べたように、マントルの岩石の強度=粘性率は温度に敏感である。温度が高いところ、すなわち粘性の低いところは、同時に地震波の速度が小さいことが期待される。これは、図1.1.3(略)で高温のためにμ1が小さいところはバネ定数k1も小さくなるだろうということからである。そのような目で地球内部の地震波速度の深さ分布を見てみると、地下数100kmの深さに低速度層がある(図1.1.4:略)。したがってここは低粘性層でもあることが推測され、リソスフェアの下にアセノスフェアがある1つの証拠となっている。
 図1.1.3b(略)で両端を振動してやると粘性部分μ2でエネルギーが失われていくために、振幅が減衰する。μ2とμ1は類似の変形メカニズムをもつので地震波の減衰の伝播経路による違いはやはりμ1の違いを反映する。地震波の減衰の研究結果(Anderson & Hart, 1978)は、地表下数100km程度の深さで減衰が大きいことを示し、これからも低粘性層=アセノスフェアが存在することがわかる。
2)プレート内地震の深さ分布
 地震のほとんどは、プレートとプレートの接する境界で起きることを後でみるが、中にはプレートの中で起きるものもある。図1.1.5(略)に海洋地域のリソスフェア内で起きた地震の深さ分布を示した。横軸にはリソスフェアの生まれてからの年代をとってある。これらの地震の深さ分布をみると、ある深さで消滅してしまう。消滅する深さが、プレートの年代が古いほど大きくなるのはリソスフェアが次第に冷えて厚くなるためである。この図には、冷却にともなうリソスフェアの温度の推定がプロットされているが、地震の下限は750℃の等温線に一致する。それより深いマントルでは、温度が高いために軟らかすぎて(すなわちアセノスフェアとなってしまって)地震を起こせないのである。
3)重力と地形との相関
 地球の表面は平らでなく様々な凹凸がある。このような凹凸は質量の過不足を意味するから、余計な重力が働いている。地球の表面から地球深部にいたってずっと固いならば、そのような表面の凹凸は固いマントルでささえられてしまう。この時そのような凹凸の真上で重力観測をすると、凹凸を直接反映するような重力異常がでる。逆に地球内部がいたるところ軟らかければ、凹凸による荷重は支えられずに沈むか浮き上がるので、この時真上で重力観測をすると、異常がほとんど出てこない。このようなメカニズムを補償という。これはいわゆるアイソスタシーと同じことである。地球の場合、上の場合のいずれでもなく、図1.1.6(略)に示すように、凹凸の短波長成分が補償されずに残り、長波長のそれは補償される。すなわち、重力観測をすると、短波長の重力異常は観測されるが、長波長成分はほとんどかんそくされない。これは地球の表面が固いプレートで覆われていて、短波長の凹凸を支えるが、長波長の凹凸に対してはプレートはしなうように変形するという補償がはたらくためである。』