上田(1989)による〔『プレート・テクトニクス』(1-12p)から〕


1.1 地球科学と新しい地球観
 地球現象は複雑なので、固体地球科学では、まずそれらを観察・分類記述し、太古から現代までに何がどうおこってきたかを明らかにしようという努力が行なわれる。これが地質学であろう。そうして得られた膨大な情報をもとに何らかの法則性が追求される。その1例は造山作用についての“地向斜造山論”である。造山帯において何がどういう順序でおこったのかというシナリオとしては、それは大きな誤まりを含んではいないのであろうが、造山作用がどこでおこったのかという点では基本的に誤まっていたと思われる。シナリオを演ずる舞台が固定されていたからである。新しい地球観は舞台を動くものとみる。
 地球現象の中でもより単純なものは、物理学の手法で取り扱われる。それが地球物理学である。ニュートン、ガウス以来、古典物理学を駆使して地球物理学は大きな成功をおさめてきた。しかしここに決定的に欠落していたのは“歴史”に対する展望であった。ケルビンの地球冷却モデルによる地球の年齢推定法が失敗したのは地球のもつ熱源(放射性元素)の存在を知らなかったところにあったが、この同じ放射性元素が、地球科学に時間軸を導入する方法を提供することになったのはおもしろい偶然といえよう。
 元素の存在度や挙動の研究から、同位体化学へと発展したときに、地球化学もまた“歴史”に対する強力な武器を獲得した。“新しい地球観”革命の幕あけの役を果したのが、“歴史(時間軸)”にめざめた地球物理学の一分野、つまり“古地磁気学”であり、しかもそれが、地質学・地球化学(年代学)との緊密な協力によってはじめて可能となったということは象徴的である。

 1.2 プレートとその運動
 (a) 剛体的プレート

 地球表層部は、硬いリソスフェア(lithosphere、岩石圏)でおおわれており、その直下にはアセノスフェア(asthenosphere、岩流圏)とよばれる軟かい層がある。マントルのアセノスフェアより深い部分(下部マントル)をメソスフェア(mesosphere)とよぶことがある。リソスフェアは地球全体を、タマゴの殻のように1枚ひとつづきにおおっているのではなく、大小のいくつかの部分に分かれている(図1.1:略)。いわば、ひび割れタマゴである。それらおのおのの部分をプレート(plate)とよぶ。プレートには、ほとんど海洋地域のみからなるもの(太平洋プレート、ナスカ・プレートなど)と、陸地部分をも含むもの(ユーラシア・プレート、アフリカ・プレート、南北アメリカ・プレートなど)がある。これらのプレートは、それぞれ1〜10cm/年程度の速さで水平運動をしている。
 プレートはその運動にあたってほとんど変形しない。これが狭義のプレート・テクトニクスの主張である。これはしばしば“仮説”であるといわれるが、それは正しくない。むしろ、ある精度にもとづく“観測事実”なのである。大西洋両岸のパズル合せから大陸移動を論じたWegenerの発想の中には、この非変形性は自明のこととしてとり入れられていた。プレート・テクトニクスではそれを意識的にとりあげたのである。
 (b) プレート運動は回転である
 プレートが変形せずに運動するという基本的主張を認めると、プレート運動とは地球という球の表面にへばりついた剛体球殻“板”の運動にほかならないことになる。ところで、球面にへばりついた板が形をかえずに移動したとすると、その変位は球の中心を通る一つの軸のまわりの一つの回転(テンソル量)によって完全に記述できる(オイラー(Euler)の固定点定理)。この回転軸が球面と交わる点をオイラー極という。
 もっとも、上にいう回転は一つの変位を記述するもので、その道筋までを記述するものではない。しかし、変位量が微小であれば問題はない。したがって、任意の瞬間(地質学的には100万年も一瞬間である)のプレート運動は、オイラー極とそのまわりの角速度ベクトル(つまり回転ベクトルω)によって記述される。このような幾何学的性質のおかげで、プレート・テクトニクスの議論は単純・明快となる。しかし、何千万年、何億年という長時間にかかわる有限変位を扱うときは、微小変位の近似が成り立たず、回転をテンソル量として考える必要がおこる。
 (c) 相対運動と絶対運動
 プレート・テクトニクスで、もっとも明確に決定できるのは相接する二つのプレート間の相対運動(回転)である。二つのプレートA,Bがあったとき、Aに対するBの相対位置の時間変化を推定するにはいくつかの具体的方法があるからである。Aに対するBの回転をARBとあらわす。現在ではすべてのプレート間の相対運動(回転)はかなりよくわかっている。
 ARBは仮にAがとまっているとみなしたときのBの回転にほかならないが、地球上ではAも動いているだろうからやっかいになる。“地球”に対して静止している目印があれば、それに対する運動は“絶対運動”といってよいだろう。ここで“地球”とは、惑星としての地球の慣性系とみるべきであるが、現実には地球の慣性を荷うマントル深部や核を指すものと考えてよい。ハワイやアイスランドのような火山はマントル深くに固定されたマグマ源からマグマが上昇して地表に噴出するのだという仮説−ホット・スポット(hot spot)仮説(Wilson、1965a;Morgan、1972)−によると、これらの火山はプレートの絶対運動をきめるための不動点となる。ハワイ列島-天皇海山列は、太平洋プレートの絶対運動の軌跡を示すわけである(図1.2:略)。一つのプレートの絶対運動がわかれば、(各プレート間の相対運動がわかっていれば)ほかのプレートの絶対運動も芋づる式にわかる。

 1.3 プレートの境界
 (a) 3種のプレート境界

 プレートの境界(plate boundaries)では二つのプレートが押しあって重なり合ったり、互いに離れていってすきまがあいたりするだろう。実際、重要な地学現象の多くが、このようなプレート境界での出来事によって説明できる。これがプレート・テクトニクスの第2の主張、すなわち広義のプレート・テクトニクスである。
 プレート間の相対運動としては、典型的には次の3種類が考えられよう(図1.3:略)。
  (a) 二つのプレートがぶつかり合う。
  (b) 二つのプレートが遠ざかる。
  (c) 二つのプレートがすれちがう。
 これらに対応して、プレート境界も典型的には3種類に分類される。すなわち、
  (a) 収束型(convergent)境界
  (b) 発散型(divergent)境界
  (c) 平行移動型(translational)境界
であり、現実には(a)は海溝(a1)、および造山帯(a2)、(b)は中央海嶺(拡大センター)、(c)はトランスフォーム断層である(図1.3(d):略)。
 (b) 収束型境界
 図1.3(d)のa1では、ぶつかり合ったプレートの一方が海溝のところでマントルの中に沈み込んで、地表から消え去るので消費型(consuming)境界ともいう。沈み込む(subduction)にあたっては、つねに海洋プレートが大陸プレートの下にもぐり込む。それは海洋プレートの方が大陸プレートよりも比重が大きいからである。
 このような海陸境界では、海溝に加えて、島弧(island arc)や陸弧(continental arc)が生まれる。もぐり込んだプレート(スラブ(slab)とよばれる)は深発地震をおこしつつ、すくなくとも数百kmの深さまで沈みつづけるらしいが、それは周囲の上部マントルより比重が大きいからであろう。
 収束する二つのプレートがともに軽くてマントル中に沈み込めない大陸プレートである場合には、地殻がもり上ってヒマラヤ山脈、チベット高原のような造山帯が生まれる(図1.3(d)のa2:略)。
 (c) 発散型境界
 互いに離れ去るプレートのあとには(図1.3(d)のb:略)、そのすきまを埋めるようにマントルから、高温で部分溶融した流動性に富むアセノスフェア物質が湧き上ってくる。湧き上るアセノスフェア物質は、上昇とともに圧力が減ずるので融点が降下し、さらに溶融の度合が増し、マグマを生ずる。マグマは地表(すなわち海底)まで達すると、海水によって冷却され、固化し、海洋地殻をつくる。こうして生まれた海洋地殻は離れ去るプレートに付加され、その一部となって移動してゆく。海洋地殻の下のアセノスフェア物質も、上からの冷却が進むとともに固化し、リソスフェア物質となり同様にプレートに付加される。これが海底拡大(seafloor spreading)過程である。この故に、発散型境界、つまり中央海嶺は、付加型(accretionary)境界ともよばれる。
 マグマが冷却固化して、新しい海洋地殻が生まれるときには地球磁場によって磁化される。一方、地球磁場は何十万年に1回といった割合いで逆転するので、拡大する海洋地殻は縞状に正逆に帯磁する。このため、海上では縞状の地磁気異常が生ずる(Vine-Matthews、1963の仮説)。この考えによれば、縞模様の幅は海底拡大速度−つまりプレートA,B間の相対速度−に比例するべきであるから、プレート相対速度の指標となる。また、縞模様の形が海底拡大過程でほとんど変形しないという観測事実は、プレートの剛体性(非変形性)の有力な証拠の一つとされている。
 (d) 平行移動型境界
 第三のプレート境界(図1.3(d)のc:略)では、二つのプレートはこすりあいながらずれる。相対運動はこの境界に平行である。でる。現実には、これはWilson(1965b)の導入したトランスフォーム断層である。トランスフォーム断層は大西洋中央海嶺などの海嶺軸をずたずたに切っている。北アメリカ西岸のサンアンドレアス断層もトランスフォーム断層である。トランスフォーム断層はプレート相対運動の方向を示す指標である。
 トランスフォーム断層は海嶺と海嶺をつなぐ場合が多いが、海溝と海溝、海溝と海嶺をつなぐ場合もある。トランスフォーム断層の考えは、プレート・テクトニクスの確立にとって本質的に重要な働きをなした。これなしにはプレート境界は完結しないからである。
 (e) 斜めの相対運動
 実際のプレート運動では、図1.3(a)〜(c)(略)のような理想的なケースのみがおこるわけではない。収束型境界では斜めの沈み込み(oblique subduction)の方がふつうである(図1.3(d)のa1:略)。斜めの度がすすむと、当然トランスフォーム断層的性格が強くなる(例:アリューシァン海溝西部)。トランスフォーム断層は逆に発散成分をもつこともある。そのときには、海嶺におけるようにすきまが生じ、斜めの海底拡大がおこる。このようなケースは“洩れ型”トランスフォーム(leaky transform)とよばれる。“洩れ”がすすむと、そこには海嶺が生まれるが、全体としてはトランスフォーム断層的であるので、短い海嶺とトランスフォーム断層の階段形の連なりを生ずる(例:カリフォルニア湾、アデン湾、アンダマン海など)。海底拡大の方向と海嶺軸とは直交する傾向が強いからである。
 (f) 2種の海陸境界
 環太平洋の海陸境界はプレート境界であって、地震・火山などの活動がさかんなので活動的縁辺域(active margin)とよばれるが、大西洋の両岸の大部分ではそのような活動はおこっていない。非活動的縁辺域(passive margin)とよばれるこのような海陸境界は図1.1(略)でみられるようにプレート境界ではない。
 大西洋は拡大中であり、南北アメリカ大陸とユーラシア・アフリカ両大陸とは離れつつあるが、プレート境界は大西洋中央海嶺である。しかし、約180Ma(Maは百万年前の意)にパンゲアの分裂が始まったときには、マグマ湧き出しのさかんなプレート境界は現在の海岸線そのものの場所であった(現在のアフリカ地溝帯がこれに当るのだろう)から、当時は大いに活動的であったにちがいない。
 (g) 3重会合点
 閉じた面を二つ以上のプレートに分割すると、必ず三つのプレートが接する点ができる。そこでは三つのプレート境界が交わっている。このような点を3重会合点(triple junction)という。図1.1(略)のプレート分布をみると現実にそういう地点(図中のJ,C,Nなど)が存在することがわかる。
 3重会合点にはさまざまの面白い性質がある(McKenzie and Morgan、1969)。例えば、ある種の3重会合点は、その形をいつまでも保持することができるが、ある種のものは一瞬しか存在できない。前者を安定(stable)、後者を不安定(unstable)な3重会合点という。
 例をあげて考えてみよう。図1.4(略)は3本の海嶺ab,bc,caからなるプレートA,B,C間の3重会合点である。三つの海嶺(ridge)という意味でこれをR-R-R型という。このような場合には、三つの海嶺での海底拡大がプレート配置に変化を与えることなく進行する。これは安定な3重会合点である。
 次に、3本の海溝(trench)からなるのでT-T-T型とよばれる3重会合点(図1.5(a):略)を考えてみる。考えをすすめるためにプレートAを基準にとり、これに対する運動を考える。矢印は相対運動のベクトルであり、境界は歯形のついた側のプレートの下に、歯形のつかないプレートが沈み込むものとする。一定時間後を考えると、プレートB,Cの先端は図1.5(b)(略)の破線部に達し、地表にみられるプレート境界の形は、変わってしまう。3重会合点はJ1からJ2へと変わってしまっているので、J1は不安定な3重会合点であったことになる。J2は海溝abに沿って北上してゆくが、もはやプレート配置(configuration)は変化しないので、安定化したという。3重会合点が動くということと不安定ということは全く別のことである(プレート・テクトニクスでは何を不動としてもよいのである!)。
 もう一つ面白い点は、例えばP点にいる観察者は、はじめは自分のプレート(A)の下にプレートBが沈み込むのをみているが、少時後にはプレートCが沈み込んでいることに気付く。どのプレートがどの方向から沈む込むかは、プレートAのテクトニクスにとってはきわめて重要なのだが、そのような大変化が、三つのプレートの運動は不変なのに3重会合点の移動だけでおこるのである。
 プレート境界にはトランスフォーム断層(fault、略してF)もあるので、3重会合点の型としては、R,T,Fの種々の組合せが考えられ、その安定性もいろいろである。
 (h) 造山運動
 大山脈の形成には、広域の変成作用、火成作用、堆積作用、地殻変動など一連の事象がともなう。それらをまとめて、造山運動(orogenyまたはorogenesis)とよぶ。
 発散型境界で絶えずプレートが生まれ、収束型境界で消費されているという状況は全地球的には、図1.6(a)(略)のように理想化できよう。現在の地球では、大西洋は海底拡大を行ない、その面積を増大させている。一方、太平洋でも海底拡大はさかんにおこっているが、その面積は小さくなっている(本質には関係ないので簡単のためにインド洋のことはここでは考えない)。大西洋が大きくなるだけ太平洋は小さくなっているわけだが、それは環太平洋地域でのプレートの沈み込みによって行なわれている。沈み込みにともなって、弧状列島お形成やアンデス型造山がおこる。図1.6(a)(略)はすでに大西洋が太平洋より大きくなった状況を示している。
 もしこの状況が今後も続けば、しまいには太平洋は完全に閉じ、ユーラシア大陸(ないし日本列島など)とアメリカ大陸は衝突し、現在ヒマラヤでおこっているような大造山活動がおこるであろう(図1.6(b):略)。そして大陸性プレートはマントル深くには沈み込めないから、衝突した大陸の後側に新しく沈み込み帯が生まれるだろう(図1.6(c):略)。つまり開ききった大西洋の海岸で沈み込みが始まるのである。こうして、太平洋と大西洋が入れ替り、今までの大西洋は縮小しはじめ、同時に新しい太平洋がひろがりはじめる。そして終局的には大西洋両岸の衝突がおこる。将来このようなことがおこるものなら、おなじことは過去にもおこっただろう。
 数億年ごとに繰り返してきたかも知れないこのような仮想的サイクルをウィルソン・サイクル(Wilson cycle)と呼ぶ。現実のウィルソン・サイクルでは図1.6(略)のように太平洋の面積がゼロとなる前に、大西洋の古い海底が沈み込みを開始してしまい、大西洋が閉じはじめたという考えもある。環太平洋地域には大陸衝突の痕跡がないからである。
 異常からうかがわれるように、造山作用には、大別して2種類ある。その一つは海洋プレートの沈み込み型であり、他は大陸プレートの衝突型である。
 最近、もう一つの型の造山作用が注目を集め出している。それは、衝突・付加型造山作用ともいうべきもので、上述の2種類の造山作用の中間的なものである。海洋プレート上には、堆積層のほか海嶺、海山、海丘、大陸片などが多数存在するが(図1.7:略)、これらは、プレート沈み込み過程において、最終的な大陸間の衝突以前に海溝に到着する。あるものは海洋プレートとともに沈み込むであろうが、浮力の大きいものは沈み込めずに陸側プレートに付加される。事実、北アメリカ大陸の西部はこうして衝突・付加して成長したものであることがしめされたし、アジア大陸東部も(日本列島の大部分も)そうであるらしい。』