都城・久城(1972)による〔『岩石学I 偏光顕微鏡と造岩鉱物』(38-45p)から〕


3.1 偏光顕微鏡の歴史
 普通の顕微鏡は、16世紀の末ごろにオランダで発明されたといわれている。17世紀のうちに、それは生物学で使われるようになり、生物体の微細構造や微生物についての観念を一変させた。そのころの進歩の中心に立っていたのはスネルやホイヘンスとほぼ同じ時代の、同じオランダの学者たちであった。しかし、当時の顕微鏡はきわめて未発達なものであった。本格的な光学ガラスが用いられ、収差を除いた設計がされるようになったのは、19世紀の前半であった。
 偏光というものが理解されたのも、完全な偏光をつくる装置であるニコルのプリズムが発明されたのも、同じく19世紀のはじめごろであった。ニコルのプリズムの発明者は、エジンバラ大学の物理学者ニコル(William Nicol)であった。
 鉱物や岩石を顕微鏡で有効に観察し研究するためには、鉱物や岩石の薄片をつくることと、顕微鏡に偏光装置をとりつけることとが行なわれなくてはならない。ニコルは、偏光装置を発明しただけでなく、薄片をつくる方法をも発明したといわれている。その後実際に、岩石や鉱物の顕微鏡的観察をおこなって、それが地質現象の研究に有意義であることを示した先覚者としては、ことにソービー(Henry Clifton Sorby)という、多方面の才能にめぐまれていたイギリスの有閑紳士が傑出していた。彼は1850年代に、その種の研究の結果を数編の論文として発表し、そのなかには、まことに鋭い観察が含まれていた。
 しかし、岩石や鉱物の鑑定のために顕微鏡が最も有力な武器であることを明らかにし、さらにその種の研究を進めて、一つの系統的な学問の分野にまでつくり上げたのは、19世紀の後半におけるドイツとフランスの地質学者であった。ドイツではツィルケル(F.Zirkel)とローゼンブッシュ(H.Rosenbusch)、フランスではフーケ(F.A.Fouque)とミシェルレヴィ(A.Michel-Levy)が、ことに著名であった。1873年に出版されたツィルケルの著書“Die mikroskopische Beschaffenheit der Mineralien und Gesteine”は、この分野の成立をつげる画期的な労作であった。
 すぐれた偏光顕微鏡は、19世紀の後半から20世紀の前半には、もっぱらドイツとオーストリアで製造された。しかし今日は、日本やその他の国でもつくられるようになった。

 3.2 ポーラー
 普通の光を入れると直線偏光が出てくるような偏光装置を、ポーラー(polar)という。これは、1953年にハリモンド(A.F.Hallimond)によって提案された比較的新しい述語であるが、今日では広く用いられるようになった。偏光顕微鏡には、二つのポーラーがつけてある。
 いろいろなポーラーのなかで、最も古くから用いられているのは、ニコルのプリズム(Nicol prism)または略して単にニコル(nicol)とよばれるものである。ニコルは方解石の複屈折を利用して直線偏光をつくる装置であって、適当な形に切った2個の方解石片をカナダバルサムで貼り合せてある。それに普通の光を入射させると、光は二つの直線偏光に分かれる。そのなかの一方だけはニコルを通過して、再び空気中に出てくるが、他方の光は途中にある方解石とカナダバルサム層との境界面で全反射して、側方にそれてしまい、ニコルを通過しない。そこで、ニコルから出てくる光は完全な直線偏光になっている。
 大きいニコルをつくるのに必要な大きい完全な方解石の結晶は、入手が困難である。そこで、より小さい方解石の結晶でつくれる偏光プリズムも考案されたが、性質がニコルに及ばない。1932年にランド(E.H.Land)は、偏光板(polarizing plate)という新しい種類のポーラーを発明し、方解石の入手難からくる困難を完全に解決した。1950年代のうちに、実際上すべての偏光顕微鏡は、変更板を用いるようになった。偏光板は、その商品名であるポーラロイド(polaroid)とかダイクローム(dichrom)というような名前でよばれることが多い。
 光学的異方体では、一般に一つの方向に進む二つの偏光の吸収される程度が相互に違っているが、偏光板はその現象を利用したものである。すなわち、それは、二つの偏光のうちで一方をほとんど完全に吸収するが、他方をほとんど吸収しないで通すような結晶(たとえばヨウ素)を、平行にならばせて、ガラス板の間に詰めこんで固定したものである。
 このようなポーラーによってえられる直線偏光の振動方向のことを、簡単のためにポーラーの振動方向とよぶことがある。図3.1(略)において、NN'は一つのポーラーの振動方向であるとする。このポーラーに、LL'の方向に振動する直線偏光を入れるとする。その直線偏光の振幅をA、二つの方向の間の角度をθとする。そのときに、ポーラーを通る光の振幅は、LL'の方向の振動のNN'の方向への成分、すなわちAcosθに等しい。そこで、θ=0゚すなわち、入れる直線偏光の振動方向がポーラーの振動方向と一致しているときには、吸収を無視すれば、すべての光がそのポーラーを通る。θ=90゚、すなわち、ポーラーの振動方向と垂直な方向に振動する直線偏光をいれると、ポーラーを通る光の振幅は零になる。換言すれば、光は全く通らない。一般に二つのポーラーを、その振動方向がたがいに垂直になるように置けば、第1のポーラーを通った直線偏光に対して第2のポーラーはθ=90゚になるので、光は完全に遮断される。

 3.3 偏光顕微鏡の構造
 偏光顕微鏡(polarization microscope、polarizing microscope)は主として岩石の記載に用いられるので、岩石学用顕微鏡(petrographic microscope)ともいう。生物学で用いられる普通の顕微鏡に比べると、二つのポーラーがつけてあることのほかに、コノスコープという装置にすることができるようになっている点が、もっとも違っている。
 1960年ごろまでは、鏡筒がまっすぐで、それを上げ下げして焦点を合わせるのが普通であった。また、普通の電灯か照明器の光を顕微鏡の下部につけてある鏡で反射させて、観察用の照明にするようになっていた。図3.2(略)は、そのような偏光顕微鏡の1例を示している。
 近年の偏光顕微鏡では、鏡筒が湾曲して観察者のほうへむくようになり、ステージを上げ下げして焦点を合わせるのが普通になってきた。特殊な電球を含む照明装置が顕微鏡の下部にとりつけられていることが多い。数個の対物鏡が、回転式の取りつけ装置につけてあって、敏速に取りかえられるようになっているものも普通に見られるようになった。双眼で観察する型も増加している。図3.3(略)は、そういう近年の型の一つである。
 しかし、偏光顕微鏡の基本的な内部構造はどれでも同じであって、レンズさえ良ければ、古い型でも普通の観察に不便なわけではない。図3.4(略)は、偏光顕微鏡の基本的な内部構造を模式的に示している。この図と図3.2とについて、下部から上部への順序に、主な部分を解説しよう。
 M……鏡。
 LP……二つついているポーラーのなかで下方にあるもの。これを下方ポーラー(lower polar)とよぶ。ポーラライザー(polarizer)とよぶこともある。
 I……しぼり(iris diaphragm)。
 C……コノスコープ用コンデンサー(condenser)。これは、その柄を動かして、入れたり除いたりできる。
 S……ステージ(載物台、stage)。これはかならず回転できるようにつくってある。
 O……対物鏡(objective)。たいていの偏光顕微鏡には、3個の対物鏡がつけてあって、自由に取りかえられる。そのなかで、いちばん倍率の低いものは、広い視野を観察するのに用いられる。中間の倍率のものは、鉱物の普通の観察に最も適している。いちばん倍率の高いものは、とくに微細な鉱物を見るときに使われる。また、コノスコープにするときは、もっぱら、いちばん倍率の高い対物鏡が用いられる。
 TL……偏光顕微鏡には、鋭敏色検板とよばれる検板がかならずついている。そのほかに、4分の1波長検板やくさび形石英検板がついていることもある。それらは、鏡筒についている検板さし込み穴(slot)にさし込まれる。
 UP……二つのポーラーのなかで、上方にあるもの。これを上方ポーラー(upper polar)とか、アナライザー(analyzer)とよぶ。これは、下方ポーラーと違って、自由に入れたり、除いたりできるようになっている。偏光顕微鏡のある型のものでは、上方ポーラーが回転できるようにつくってある。しかしこれは、無用のことである。観察者が普通の位置で観察するとき、下方ポーラーの振動方向はその人の前後の方向と一致し、上方ポーラーのそれはその人の左右の方向に平行になるようにして使用する。すなわち、二つのポーラーの振動方向はたがいに垂直にしておく。
 B……ベルトランド=レンズ(Bertrand lens)。コノスコープにするときに用いる。
 PS…コノスコープ用細孔板(pinhole stop)。小さい鉱物粒をコノスコープでしらべるときにだけ用いる。この細孔板のついていない顕微鏡もある。
 T……接眼鏡(eye-piece、ocular)。普通の接眼鏡には、十字糸(cross-hairs)がはってある。そのほかに別に、マイクロメーターのはいっている接眼鏡が付属していることも多い。鏡下で長さをはかるときにはマイクロメーターのはいっている接眼鏡を用い、その他のときには十字糸のはってあるのを用いる。
 偏光顕微鏡の対物鏡や接眼鏡は、色収差や球面収差を除いたものでなくてはならない点は、生物学用の顕微鏡と同じである。しかしその上、レンズがゆがみをもたないようにつくられていないと、それ自体が複屈折を起こし、観察にさしつかえを生ずる。

 3.4 オルソスコープとコノスコープ、ポーラーの調整
 普通に偏光顕微鏡で薄片をみるときには、コノスコープ用コンデンサーとベルトラン=レンズと細孔板を取り除いて用いる。この状態にある顕微鏡を、オルソスコープ(orthoscope)という。この場合、鉱物の形が見え、鏡筒にほぼ平行な方向に鉱物のなかを通った光だけが目にはいるので、その方向に対する光学的性質が観察できる。オルソスコープにしたときに、上方ポーラーを取り除いて、下方ポーラーだけで観察する場合と、両方のポーラーを入れて観察する場合とがある。後者を直交ポーラーによる観察(observation between crossed polars)という。ステージに鉱物を置かないで直交ポーラーにしてみると、視野はただ暗黒に見える。
 たいていの顕微鏡では、下方ポーラーは回転できるようにつくってあるが、回転部の印を一定の位置に合わせると、下方ポーラーの振動方向が観察者にとって前後の方向になるように作られている。そこで、この位置を確かめて、そこに固定して使用せねばならない。しかも、十字糸のなかの縦の糸は、下方ポーラーの振動方向に平行でなくてはならない。
 下方ポーラーの振動方向を調べるには、黒雲母の薄片を用いるのが多くの場合は便利であろう。黒雲母のへき開面にほぼ垂直な薄片をステージに置いて、上方ポーラーを除いて観察しながら、ステージを回転する。回転につれて、黒雲母は、色が濃くなったり、淡くなったりする。最も濃くなったときに見えるへき開の切断線の方向が、下方ポーラーの振動方向である。このとき上方ポーラーを入れて直交ポーラーにすると、黒雲母はちょうど暗黒になっている。十字糸のなかの縦の糸は、そのときのへき開の切断線と平行になっていなくてはならない。
 直交ポーラーにしたままで、ステージをその位置から90゚回して、十字糸の横の糸がへき開の切断線と平行になるようにすると、黒雲母はふたたび暗黒になるはずである。(厳密にいうと、こういう試験には、黒雲母ではなくて、一軸性鉱物の柱状結晶の柱に平行な薄片を用い、柱面の切断線が十字糸と平行になったときに直交ポーラーで暗黒になることを確かめたほうがよい。)
 上下両方のポーラーを入れ、さらにコノスコープ用コンデンサーとベルトラン=レンズをも入れて観察することがある。この状態にある顕微鏡を、コノスコープ(conoscope)という。この場合、鉱物の形は見えなくなり、そのかわりに鉱物をいろいろな方向に通った光が一目のもとに見られるので、その光学的性質の全体的理解に有用である。
 したがって、偏光顕微鏡による観察は、次のように分類される。
オルソスコープ 下方ポーラーだけ入れた場合 (形、大きさ、屈折率、吸収、色などの観察に用いる)
直交ポーラーの場合 (消光、干渉色などを観察し、光の振動方向やバイレフリンゼンスを知るのに用いる)
コノスコープ (一軸性と二軸性の識別、光軸角、光学性などの観察に用いる)
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