土居(1991)による〔『古生物学事典』(344-347p)から〕


1. 生物の大分類の歴史的変遷
 生物の大分類の変遷については、古くギリシャのアリストテレスの時代から現代までを、次の5期に区分できる。

1.アリストテレスからリンネまで
 アリストテレス(紀元前384〜322)は、自然は一定の秩序をもち、自然物には霊魂の能力による段階がある、との考え方に基づいた動物の分類を行った。植物の分類は、彼の弟子テオプラストスが主に手がけた。リンネ(1707〜1778)は、生物の学名を二名法を用い、動植物の分類学を確立した。彼の時代までは、“種は不変である”という考え方が支配していた。

2.ヘッケルの系統樹(図1:略)
 ヘッケル(1832〜1919)は、“種は変化する”というダーウィンの進化論をいち早く認め、生物の系統的な類縁を想定して系統樹をつくった。彼の当初の系統樹は、植物界、原生生物界、動物界およびモネラより構成されていたが、後には原生生物的祖先から動物と植物が進化したと考えた。

3.植物・動物の二界説(図2:略)
 晩年のヘッケルが先鞭をつけた、生物の植物・動物二界への系統進化説は、20世紀初めから1969年のホイッタカーの五界説の提唱まで、広く生物学界に受入れられていた。

4.ホイッタカーの五界説(Whittaker、1969)
 ホイッタカーは、地球上の生物の生態学的な役割の分担が、光合成による有機物の生産(植物)、有機物の消費利用(動物)、および有機物の分解還元(菌類)の3方向への進化を示すことを認め、生物をまず植物、菌類、動物に分けた。さらに、生物は多細胞生物と単細胞生物、真核生物と原核生物に分けられることを重視して、植物界、菌類界、動物界、原生生物およびモネラ界の五界に分けた。ウイルスはこの五界に入っていない。

5.ホイッタカーの五界説以降
 i. 寺川の三界説
(寺川、1978)
 寺川は、生態学的な役割の3方向への進化を重視して生物を植物界、菌界、動物界の三界に分け、多細胞−単細胞および真核−原核の特徴を副次的に扱った。寺川の菌界には細菌も含まれる。
 ii. マーガリスの五界説(図3:略) 
 マーガリス(Margulis、1982、1988)は、ホイッタカーの五界説に、彼女の“真核細胞の起源に関する共生説”を加えた五界説を提唱した。彼女の五界説(1988、図3)については、本書の“五界説”の項目(p.95)も参照されたい。その他の彼女の五界説について注意すべき点を次に述べる。
 まず、彼女は、五界の生物の基部に“増殖する生物的な群”を加えた。ここにウイルスやウイロイドが位置づけられる。ウイルスやウイロイドが生物と無生物の中間の存在といえる点では、この位置づけでよいが、一般にはウイルスやウイロイドは生命の起源にかかわる存在ではなく、寄主生物から派生したと考えられていることに留意すべきである。
 彼女の“真核細胞の起源に関する共生説”については、現在シアノバクテリア(藍藻)と植物の葉緑体との類縁関係について疑問があるとされるが、真核細胞の起源に関しては最も有力な説である(図4参照:略)。
 次に、古細菌は一般には高等生物の祖先である可能性が強いと考えられているが、本図では真正細菌が高等生物の祖先の位置にある。また、菌類の中に地衣類が入っているが、地衣類は藻類と菌類の共生体であって、菌類として扱えるのは、地衣構成菌類の方だけである。地衣体をまとまった生物体と考えるならば、地衣類は光合成を営む植物として扱わなければならない。これら2点には問題があり、いずれ彼女はこれらの部分を改訂するであろうと考えられる。』

五界説[Theory of five-kingdom system]
 生物を植物、菌類、動物、原生生物(プロチスタ)、およびモネラ(原核生物)の五界に大分けする説。ホイッタカーの提唱になる説で、特に1969年の論文によってよく知られている(Whittaker、1969)。
 生物を五界に分ける根拠はおよそ次のとおりである:地球上の生物は光合成によって有機物を生産する植物型、その有機物を利用消費する動物型、さらに有機物を分解還元する菌類型の3方向に進化した生物群によって構成される。地球上の生物の物質・エネルギー循環を可能にする生態系は、これらの生物群によって支えられている。一方、生物は単細胞生物群と多細胞生物群、さらに細胞内に染色体的構造をもつ真核生物と、細胞内に染色系的構造をもつ原核生物とにも分けられる。以上のことに基づいて、生物を多細胞真核生物としての植物界、動物界、菌類界、さらに植物的、動物的、あるいは菌類的な生態学的機能をもつが単細胞真核である生物群としての原生生物界、単細胞原核の生物群としてのモネラ界の五界に分類することができる。それぞれの界に所属する主な生物分類群をホイッタカー(1969)の五界の略図(図1:略)で示す。ウイルスはこの五界に含まれない。
 この説は、生物を植物と動物に分ける従来の考え方(二界説、two-kingdom system)にかわって、1969年以来、広く受け入れられるようになった。二界説は、19世紀後半のヘッケル(E.Haeckel)学派の提唱以来、広く生物学界に受け入れられてきた分類法である。しかし、五界説については、分類学的に同じ界のランクで生態学的形質と形態学的形質を併用した分類法であることなどに対する批判がないわけではない。そこで生態学的形質のみを重視すれば植物界、動物界、菌界(菌類界と区別して用いる)の三界説(寺川、1978)になる。
 最近、マーガリスとシュワルツは、ホイッタカーの五界に“真核細胞の起源に関する共生説”を加味した考え方(図2:略)を提唱している(Margulis and Schwartz、1988)。』