池内(1998)による〔『宇宙論のすべて』(33-35p)から〕


8 ビッグバン宇宙
 ビッグバン宇宙論とは、宇宙が有限の過去(およそ100〜150億年前)に高温度・高密度の微視的状態で創成され、その後の膨張過程で諸々の宇宙の構造が形成されてきたとする進化宇宙論のこと。提案したのは、ロシアからアメリカへ亡命したジョージ・ガモフで、1947年であった。いくつかの観測的証拠によって、現在の標準的な宇宙論と考えられている。
 宇宙が膨張している事実を認めると、フィルムを逆回しするように、過去へ遡っていくと宇宙はもっと小さかったことになる。銀河同士はもっと近くにあったのだ。さらにもっと過去に遡ると銀河は重なり合っていただろう。つまり、個々の銀河のような塊ではなく、物質が一様に分布していたと考えられる。極端に、時刻がゼロの状態まで遡れば、すべての物質が一点に集まっていたことになる。(果たして、時刻ゼロまで遡ってよいかどうかは問題があるが。)ならば、宇宙は非常な高密度状態から出発したと考えざるを得ない。
 一方、過去に遡るにつれ、物質は狭い空間に押し詰められていくとともに温度も高くなるだろう。熱の出入りを遮断して空気を圧縮すれば温度が上がるのと同じ現象である(これを断熱圧縮という)。つまり、宇宙は超高温度の状態から出発したと想像される。
 結局、宇宙は、爆弾が破裂したときのような、高温度・高密度状態から膨張を開始したことになる。その意味でビッグバン(大爆発)は良いネーミングと言えるが、その名付け親がビッグバン宇宙に反対するフレッド・ホイル卿であったのは歴史の皮肉だろう。
 ビッグバンの立場に立つと、宇宙の始まりは、何の構造も持たない始源的な物質しかなかったと考えられる。宇宙が膨張してゆくにつれ、それらから素粒子がつくられ、原子核が形成され、原子となり、銀河が生まれ、星が誕生しと、自然界の諸々の構造が形成されてきたことになる。宇宙は膨張とともに刻々と姿を変え、物質もそれぞれの安定な状態へと変化してきたのだ。宇宙も地球や生命と同じように進化する実体と言える。ビッグバン宇宙は「科学的な創世記」なのである。
 では、何がビッグバン宇宙の証拠なのだろうか。
 まず、宇宙膨張そのものがビッグバンを論理的に帰結している。その過去を遡れば、必ずビッグバン状態へ行き着かざるを得ないのだ。
 そして、ビッグバンの直接証拠と言うべきなのが「宇宙背景放射」である。
 温度を持つ物質はすべて熱放射をしている。私たちもセ氏36度の体温に応じた赤外線で熱放射していることは、暗闇で赤外線写真を撮ればわかる。私たちは輝いているのだ。宇宙はかつて熱かったのだから、その熱放射が存在しているはずである。
 ガモフは、ビッグバン宇宙を提唱した際、宇宙の彼方から降り注ぐ熱放射が存在するはずと予言した。1965年、ベル研究所のペンジアスとウィルソンは、宇宙のあらゆる方向から一様な強さで降り注ぐ電波を発見した。これこそガモフが予言した宇宙背景放射であった。現在では絶対温度が約3度まで下がっており、波長が1ミリより長い電波の海が宇宙を満たしているのである。
 もう一つの証拠として、ヘリウムの遍在が挙げられる。ヘリウムは古い星にも新しい星にも同じ量だけ存在する元素である。星内部の核反応によって作られた炭素のような元素は、古い星には少なく新しい星に多く含まれている。星の世代とともに蓄積されていくから、新しい星に多く含まれるのだ。ところがヘリウムは、星の年齢に関わりなく同じ量だけ含まれているから、星内部で形成された元素ではないことがわかる。では、ヘリウムはどこで形成されたのだろうか。
 ビッグバンで宇宙が誕生して1〜1000秒の頃、宇宙の温度は1億度を越えていた。この温度なら核反応が進むだろう。実際に計算してみると、ぴたり観測されているヘリウム量が形成されることが示された。超流動や超伝導という興味ある現象を起こし、飛行船や気球を上空に浮上させるヘリウムは、ビッグバン宇宙の貴重な贈り物だったのだ。
 ビッグバン宇宙の証拠は、以上の三つである。たった三つしかないのではなく、三つもあると言うべきだろう。少なくとも、宇宙背景放射とヘリウムの遍在の二つの証拠は、ガモフによって予言され、20年近く経ってようやく実証されたもので、ビッグバン宇宙論が予言力を持つ優れた理論であることを示している。』