LCA実務入門編集委員会(1998)による〔『LCA実務入門』(9-12p)から〕


1.LCAって、一体、何でしょう?
 製品*1の持つ環境負荷あるいは環境への影響度を評価する手法として、ライフサイクルアセスメント(Life Cycle Assessment:以下、LCAと表記)が国際的に注目を浴びています。
*1 LCAにおける「製品」の意味は特に重要で、その内容にはハード的な「製品」自体と同時に「サービス」も含めて考えます。また、具体的な「もの」としてよりも、ある機能を実現する「システム」としてとらえられています。
 製品の環境対応を分かりやすくする評価手法としては、日本では既に家電や事務機器に対する「製品アセスメント*2」があり、業界が自主的にこれを採用し、多くのメーカーが新製品の社内の環境性評価ツールとして導入しています。包装材料のリサイクルしやすさ、廃棄処理時分別・分解しやすさなど、製品の環境対応を評価する様々な手法が試みられています。
*2 LCAに先んじて、電機電子業界や事務機器業界では「製品アセスメント」を製品の環境負荷を評価し改善する手法として導入・運用しています。「製品アセスメント」では、製品ごとに設定された評価対象項目(例:消費電力量、製品重量、容積、解体性など)を、設定された基準値、あるいは基準製品に対して対照比較して評価します。この場合、評価が容易であり、設計者に対して明確な改善指標として示すことができます。しかし、一方では環境負荷との直接的な関連が見えにくい点があります。これに対して、LCAでは製品の環境負荷や影響が直接的に定量評価することができます。しかし、現状ではLCA実施には、多くの労力を要します。
 製品アセスメントとLCAは一長一短で、当面、製品あるいは製品の評価対照によって、これらをうまく使い分けて実効的な環境影響評価をするのが賢明のように思えます。

 このように、手法がいろいろ工夫されていますが、近年ではLCAが製品の環境負荷を評価する国際的に共通な手法として、確固たる地位を築きつつあります。なぜ、いま、LCAが話題になっているのか、ここではLCAの紹介とその実施内容の概要を説明しながら、その原因を少し探ってみます。このことが、本書の読者に「LCAとは何か」をできるだけ正確に理解していただく助けになればと考えます。
 さて、これまでの国際的な合意の中でつくられてきた概念として、ちょっと小難しい表現ですが、まずは「LCAとは何か」の定義を示しておきます。
 LCAとは:原材料調達から設計・製造、使用、リサイクル、そして最終的な廃棄処分(製品のライフサイクル)にわたって、製品の使用する資源やエネルギーと、製品が排出する環境負荷を定量的に推定・評価し、さらに製品の潜在的な*3環境影響を評価する手法である。
*3 LCAでは、実際に発生している環境影響だけではなく、起こり得る環境影響も含めて評価することを意図しています。ここでは、「環境影響の起こり得る可能性」お意味を含めて「潜在的な」という表現を用いています。
 このLCAの定義は、LCAの概念を単純かつ明快に示しており、多くの人には「LCAとは何か」がスーっと頭に入った気になるかもしれません。しかし、LCAの理解に関して、様々な誤解、曲解、偏見がなされている(これらの印象はあくまでも著者の個人的な印象かもしれませんが…)としたら、おそらく、その多くは、このLCAの定義あるいは概念そのものの「単純・明快さ」に帰因するところが大きいのではないでしょうか?
 ある人は、初めて、このLCAの定義に触れて、「製品のゆりかごから墓場までが全部分かるなんて、なんて素晴らしい手法なんだろう!」と思うかもしれません。
 その結果、LCAを環境性評価のための「万能の手法」として、LCAに過度の期待をしてしまう方がいます(LCAが日本に普及し始めた初期には、そのような場合が多数ありました)。
 他方、別のある人は、LCAを実際にやろうとすると、具体的にどうやってデータを取ればいいんだろう、データがないものはどうするんだろうと、途端に、途方に暮れることになりかねません。さらに、環境影響評価に至っては、現状ではその手法さえ確立されていません。そんな状況に直面し続けると、初めの大きな期待に反して、逆に「LCAなんかは、手法も確立されていないし、分からないところも多くて、製品の環境影響評価にはとても使えない」という反感に転化する人も出てきます(恋い焦がれて、プロポーズしたい相手なのに、なかなか近づけず、また気づいてももらえず、逆に憎しみがわいてくる感情に似ているかもしれません!)。どちらの印象も、極端に言えばLCAを正しく理解していないことからくる思い込みのように思えます。
 LCAとは、従来から言われ続けているように、「単なる手法」であって、それ自体に無から有を生み出すような能力を持ったものではありません。「単なる手法」ですから、要は「使い方」の問題で、高い価値ある情報を得ることもあれば、全く無意味なデータしか得られない場合も出てきます。LCAは単なる手法にすぎず、使い方によってどのような結果でも引き出せるという当たり前の理解、これが実際にはなかなか難しいことだと思います。
 さて、実際に、LCA調査を実施する場合には、一般的に図1.1に示すような流れで作業が進められます。図1.1に沿って、各項目を簡単に説明します。

(7)目的とする用途

(1)目的と調査範囲の設定


(4)




(5)報告書

↓↑

(2)インベントリ分析


外部公表

↓↑

(3)環境影響分析


(6)クリティカルレビュー

ISO 14040 の範囲

LCA実施の範囲

図1.1 LCA実施手順の流れ

(1)目的と調査*4範囲の設定
 LCAの調査をどのような目的のために実施するのか、その背景や理由を明記し、かつその調査に要する前提条件や制約条件を明記する段階です。
*4 LCA-Studyを「LCA調査」としていますが、適切な訳語でないとの評価もあります。実務的には「研究、実施、あるいは事例」の方が意味があると考えられます。
 しかし、ここでは、日本工業規格(JIS)での「訳語」に従って表記しておきます。

 ここでは、以下の具体的なLCA実行上のよりどころを規定します。この部分が確実に記述できれば、LCA調査は大枠では完成したと考えてもいいくらいです。
(2)ライフサイクルインベントリ分析
 ライフサイクル中の各工程に対する環境負荷データ、すなわちインプットデータ(投入エネルギーや資源消費)、あるいはアウトプットデータ(各環境負荷物質の排出)を、ライフサイクル全体で算出・推定する段階です。
 LCAの中で、この部分が一番よく知られています。具体的に時間と労力を最も必要とする段階でもあります。
(3)ライフサイクル影響評価
 インベントリ分析で得られた結果を、「地球温暖化」や「オゾン層破壊」などの環境影響項目に分類し、各項目ごとに環境影響の程度を評価します。ただし、この段階は、まだ国際的にみても研究段階にあり、規格の中でも「揺籃期にある」とされています。ただ、欧州では「エコインジケータ95」(もうすぐ「97」が発表されるとのことですが…)やスイス方式、北欧方式など、独自の考え方でまとめられた手法が幾つか提案されています。これらを参考にしてライフサイクル影響評価を実行することも可能でしょう。
(以下、ライフサイクル影響評価』を本章中では“影響評価”と略記。ほかの影響評価の場合には個別に説明を付与します。)
(4)結果の解釈
 インベントリ分析や環境影響評価から得られた結果を基に、製品の環境に与える影響や改善点などをまとめる段階です。ただし、いまのところ、明確な基準があるわけではありませんので、どんなものになるかは現在のところ日本国内では具体的になっていません。ただ、ここの内容を規格に従っていえば、以下のような項目を盛り込むことが望まれています。
 1)インベントリ分析結果や環境影響評価結果からの知見
 2)LCAの目的に合致したまとめ、提言(推奨内容、勧告)(Recommendations)
(5)報告書
 手順(1)〜(4)で得られた結果から、報告に必要な項目に対してその内容を報告書としてまとめます。
(6)クリティカルレビュー
 クリティカルレビュー(Critical review)は、実施されたLCA調査が国際標準規格(ISO:International Standardization for Organization)の要求事項に適合したものであるかどうかを審査する手続きです。主にLCA結果で外部公表したり、LCAで競合製品との環境性比較をしたい場合に、実効的な意味を持っています。
(7)目的とする用途*5
 LCAをどのような用途に使うのかということは、ISO規格では標準化の対象外とすることを明言しています。しかし、実際上は用途あっての手法であり結果ですから、最も大切な部分であり、LCAを実施する真の意味がここにあります。LCAの結果をどんな目的のために使いたいのかは、LCAの適用範囲(Scope)を設定する上での重要な要素になります。「LCAの用途(使用目的)」があって、初めて、LCAでの検討対象やその範囲が明確にされ、使われるデータの精度や信頼性(品質)が規定されるわけです。
*5 LCAに関する国際規格では、LCAのための手続きだけを標準化しており、LCAで得られた結果をどのような目的のために使うか(結果の用途)については規格対象外としています。これは、用途によるLCAへの制約や、用途個別の手続きまでも規格化する煩雑さを避け、単に「手法」としてLCAを標準化しようとする主旨によるものです。
 LCAはISO 14040シリーズとして、ISOの場で国際標準規格化が進められています。LCAの原則と枠組みをまとめた“ISO 14040: Life cycle assessment - Principles and feamework”が1997年6月15日付けで発効となりました。これを受けて、インベントリ部分を規格化した“ISO 14041: Life cycle inventory analysis”及びISO 14041の具体的例示をまとめたTechnical report (TR) が、1998年11月ごろをめどに発行予定で、1999年のなかごろまでにはほかの“IS 14042: Life cycle impact assessment” “ISO 14043: nLife cycle interpretation”の規格化も完了する予定で規格化作業が進められています。
 製品の環境影響を評価する手法として、今後、LCAがより実効的なものになっていくために、これらの規格がLCA実用上での効果的なガイドラインとして、より広い分野、特に産業界で幅広く運用されていくことが重要ではないでしょうか?
 第2章以降では、具体的にLCAを実施する立場に立って、ISOの規格にも準拠させつつも、実務的なLCAの進め方について手順を示してみたいと思います。』