藤森(1994)による〔『環境監査』(16-22p、52-57p)から〕


1 環境監査の潮流
 さて、環境監査の動向をかけ足で見てみよう。1989年3月、北米大陸のアラスカ沖で米国の石油会社エクソン社のタンカー「バルディーズ号」が史上最悪といえる原油流出事故を起こした。約1750キロにわたり、アラスカ海岸を汚染し、海洋生物に多大な被害を与えた。また、汚除去費用は、12億8000万ドルを超えたといわれる。これを契機に、その年の9月、米国の民間団体CERES(環境重視経済連合会)は「バルディーズ原則」を公開し、企業に環境倫理を求めた。
 具体的には、「企業は製品やその製造過程が、人や自然環境に与える悪影響を極力避けるべきこと、そのために環境問題担当取締役を置き、自社を年次監査(環境監査)し、その結果を公表すべきであること」を要求したのである(表U-1)。地球環境を保全するために、環境管理を行うという観点に立ったうえでの環境監査という概念が、企業や市民の前に現れたのはこれが初めてであった。
表U-1 CERESが公表したバルディーズ原則








生物圏の保護
エネルギーの知的利用
天然資源の持続的な活用
廃棄物処理とその量の削減
安全な商品やサービスの提供
環境問題の専門取締役および管理者の設定
リスクの減少
損害賠償
評価と年次監査
情報公開
 1990年5月、日本にもバルディーズ研究会が生まれ、「日本版バルディーズ原則」を企業に示し、環境保全への取り組み状況の報告を求め、これに基づき企業評価を公開した。
 ついで、1991年4月、国際商業会議所(ICC)の主催する環境管理に関する世界産業会議は「ロッテルダム憲章(持続的発展のための産業界憲章)」を採択した。同月、経団連(経済団体連合会)は「地球環境憲章」を発表した。これらの憲章には、いずれも環境監査(経団連の地球環境憲章には、いずれも環境監査(経団連の地球環境憲章では内部チェックといっている)を企業に求めている。このころから「環境監査」の必要性が国際的にいわれるようになった。
 1991年8月には、民間の有志によって「環境監査研究会(代表・倉阪智子氏)」が発足した。同会は、1992年7月に研究の成果を『環境監査入門』(日本経済新聞社)として出版、環境監査の一つの考え方を示した。

 欧州各国の素早い対応
 さて、欧州は社会主義国家の崩壊、ドイツの統合を契機に環境保全の意識が高まり、環境管理・監査の規格化の動きに大きな影響を及ぼし始めた。EC委員会は、1990年からこの問題の検討を始め、紆余曲折を経て、1992年12月「環境管理・監査規則」を提案し、1993年3月末に修正採択した。当初案は、企業に対し監査(外部監査)を強制するものであったが、修正されて自主参加となった。
 また、イギリスはすでに1992年3月、「環境管理・監視規格(BS7750)」として規格化し、100社以上の企業を対象に、試行のためのパイロット・プログラムに入り、1993年4月に完了した。その結果をみて、規格(BS7750)を見直し、1994年ごろから施行することになっている。
 いずれの場合も、外部監査人による監査と公表が定められており、「ロッテルダム憲章」や「経団連地球環境憲章」から一歩踏み込んでいる。

 アメリカ
 アメリカでは、1960年代後半から1979年前半にかけて世界的に起こった消費者運動や反公害運動などの企業活動に対する批判の高まりを契機に、ゼネラル・モーターズ社やアライド・シグナル社などいくつかの企業が、1970年代の中ごろから自社の環境監査を始めている。その目的とするところは、法規制の順守状況をチェックするための内部監査であった。
 1980年に制定されたスーパーファンド法(正式名称は包括的環境対処補償責任法という)は、企業の環境への責任に多大な注意を向けさせることになった。同法は、汚染した土壌や地下水の浄化を目的とした法律である。浄化費用(通常莫大な金額)を汚染者負担の原則(Polluter pays principle)に基づき、汚染有害物質の処理に、直接・間接的に関与したすべての者に払わせるもので、企業にとっては大変リスクの高い法律である。企業が、土地を売買したり、M&A(企業の買収・合併)を行ったりするさいに、事前調査(監査)をしなければならない。さらに、売り手は買い手に、有害物質に関する情報を開示しなければならないとしている。
 アメリカでは、この事前調査を「環境監査」と呼んでいる。しかし、これは本書で論じる環境監査と比べると、環境管理システムという観点が欠落していて同じ意味ではない。このスーパーファンド法は、企業の環境への関心を高めたこと、世界の環境管理・監査の導入に少なからず影響を及ぼしたと考えるので項を改めて述べる。

 ISO
 いっぽう、国際標準化機構(ISO)は、1991年6月ブラジルで開催された地球サミットの直前に結成された「持続的発展のための産業界会議(BCSD)」の要請を受けて、同年7月に環境管理規格の標準化の検討に着手した。10月から欧州各国の基準を参考に環境管理の規格づくり、監査のガイド・ラインづくりを始めた。ちなみにISOは、1987年、品質管理システム規格(ISO9000シリーズ)を制定している。
 1992年11月、環境保全に関する国際規格づくりをISO加盟国に提案してきた。成案を1〜2年内にまとめたいと考えており、日本も基本的に合意している。EU(ヨーロッパ連合)諸国は、ISO規格適合を製品輸入の条件にする可能性もあり、日本企業は前向きの対応を迫られている。
 さらに、ISOは1993年6月、監査の国際規格作成のための技術委員会(TC207)を発足させ、1994年秋をめどに「環境管理システム」と「環境監査ルール」づくりを急ぐことで一致した(詳細は後で述べる)。
 このような動きの中で、イギリスとドイツは日本政府に対し、すでにEUで任意に実施されている環境監査を、ISOドラフトに入れるよう提案してきた。通産省は1992年5月、外部団体の日本規格協会に環境監査導入の検討を始めさせた。さらに、同年9月、工業技術院にJIS化のための専門委員会「環境管理標準化検討委員会」(座長は横山長之資源環境技術総合研究所所長)が発足、監査導入への取り組みを強めた。
 さて、経団連はこのような環境監査の国際規格づくりの動きにあわせ、1993年4月、日本独自の環境監査案づくりを決めた。すでに、1992年末に発足した環境監査ワーキング・グループの陣容を強化し、幅広い業種で検討を進めている。規格づくりのたたき台としてイギリスの環境規格の内容を検討し、日本の事情にあわせた規格案を1993年10月にまとめ、ISOに提示した。
 環境問題は、企業にとって重要なテーマであるため、日本も国際機関での論議に当初から参加することにしたのである。各産業界も「環境監査検討委員会」なるものを設置し、検討を始めている。
 いずれにしても、世界は環境に関する自主監査(内部監査)プラス外部監査人による外部監査の方向へ徐々に動いていくものと思う。このような情勢から、環境監査を始める企業が相ついでいるが、地球環境の将来を考えれば好ましい動きである。ただ、環境監査を導入しなければ製品が輸出できなくなるからやらざるを得ない、という考えだけからでないことを願ってやまない。』

1 国際規格への動き
 ISOが、環境管理規格の標準化検討を開始したのは、1991年7月にさかのぼる。同年9月には、「国際電気標準会議」(International Electrotechnical Commission−IEC)とともに「環境に関する戦略的アドバイザー・グループ」(Strategic Advisory Group on Environment−SAGE)を発足させ、環境管理の国際規格づくりに向けて検討を始めた。その契機は、1992年6月、ブラジルで開催された地球サミットに向けて、1991年初めに結成された「持続的発展のための産業界会議」(The Business Council for Sustainable Development−BCSD)から要請されたのであった。
 持続的な発展のためには、環境パフォーマンス(Environmental Performance−環境に与える影響を十分に考慮した行動という意味で、製品や製造工程、サービスによる環境破壊を最小限にくい止め、環境に与える影響をできるだけなくそうとする考えに立って事業活動を行うこと)に関する国際規格づくりが必要であるというBCSDの結論によるものであった。
 SAGEは、7つのサブ・グループを設置し、検討を進めてきた。図V-1にサブ・グループ(SG)の編成表と検討内容を示した。この中で中心となる課題はSG1の「環境管理システム」とSG2の「環境監査」である。前者には、イギリスから提案された環境管理システム(BS7750)を、後者にはカナダから提案された環境監査システムやISO10011(品質管理システムの監査の指針)、国際商業会議所が行った環境監査の作業、さらにECの環境監査規則がたたき台として検討されてきた。環境問題への対応を、規格化することの是非や意義など、根本的な論議を、1991年9月の第一回会合から1992年12月の第三回会合まで都合三回討論してきた(日本は第二回会議からオブザーバーとして参加)。

S
A
G
E
SG1(環境管理システムの検討)
SG2(環境監査の検討
SG3(環境ラベルの検討)
SG4(環境に関する活動実績評価の検討)
SG5(製品のライフサイクル・アナリシスの検討)
SG6(環境を配慮した製品の規格作成のためのガイドライン検討)
SG7(環境ISOの普及のための産業界の動員計画検討)
図V-1 SAGEのサブ・グループ

 これらの議論から導き出された重要決定事項として、公認の環境監査人による外部監査」と「情報公開」が大筋で合意されたことと、生産サイトごと、たとえば工場ごとに定期的に監査が行われることもほぼ固まった点がある。
 第三回のSAGE会議において、内容をさらに詳細に検討し、具体的な規格づくりをするために、新たに「技術委員会」(TC−Tchnical Commottee)を設置することを決め、これをISOに勧告した。
 ISOは、SAGEの勧告に基づいて、1993年1月、環境に関する技術委員会を設置し、具体的な規格化に向けて、議論の場が移ることになった。正式名称は、ISO/TC207(環境管理)である。第一回の技術委員会は、1993年6月2日、3日トロントにおいて、日本を始め26か国とUNEP(国連環境計画)など約200名が参加して開催された。この第一回技術委員会の直前に開催されたSAGE(第四回会議)からTC207に規格化の作業が引き継がれた。SAGEの第四回会議の勧告に基づき、6つのサブ・コミッティ(SC)と1つのワーキング・グループ(WG)の設置およびその幹事国を決めた(表V-1)。
表V-1 TC207サブ・グループと幹事国

サブ・グループ

幹事国
SC1 環境管理システム(EMS) イギリス
SC2 環境監査(EA) オランダ
SC3 環境ラベル(EL) オーストラリア
SC4 環境行動評価(EPE) アメリカ
SC5 ライフサイクル・アナリシス(LCA) フランス
SC6 用語と定義(T&D) ノルウェー
WG1 環境面の製品規格(EAPS) ドイツ
SC…サブ・コミッティ  WG…ワーキング・グループ
(出典「環境管理に係わる国際標準化動向」『産業と環境』1993年9月号)

 ついで、次回のTC207の会議を、1994年5月オーストラリアで開催することを決めた。それまでにSCの会合を3〜4回開催して案づくりお行うこと、各SCの第一回会議を1993年10月から11月にかけて開くことなども決定した。
 規格の中心となるSC1とSC2は、規格化が急がれており、1993年10月25日からオランダのアムステルダムで開催された。このSC1では、その下に、さらにワーキング・グループ(WG1、WG2)を置き、いよいよ具体的な規格案づくりが始まった。
 各ワーキング・グループの作業分担は次のとおりである。
 SC1/WG1−環境管理システムの要項つくり
 SC1/WG2−そのシステムを使うための指針
 SC1/WG1&2−中小企業、発展途上国への配慮問題
 また、SC2でも3つのワーキング・グループを置き、次のような作業が始まった。
 SC2/WG1−環境監査の一般原則
 SC2/WG2−監査の手続き
 SC2/WG3−監査員の資格
 その後、SC1、SC2のそれぞれの各ワーキング・グループの会合は、1994年1月25日から2月1日にかけて、パリで開催された。続いて、1994年3月7日から16日にかけてトロントでも開催されている。
 今後の予定は、委員会案(CD)を決め、1994年末か翌年1月までに国際規格案(DIS)を完成、1995年4月には、ISO14000シリーズとして規格化を完了しようとしていた。
 しかし、SC1、SC2の各ワーキング・グループの議論が長びき、作業は大幅に遅れているという。とくに、アメリカは、SC1の進め方が性急すぎること、もっと十分な審議をつくすべきとして、CDを1994年末、DISを1995年9月完成に延ばすべきだと主張しているのである。
 そうなると、ECの監査規則が1995年4月から実施されるということになり、両者の時期的な不整合が起きる恐れが出てきた。内容的にも、EU諸国対非EU諸国の意見が鋭く対立している。つまり、国際規格は国や業態ごとの事情に配慮した、必要最低限のものであり、企業の自主性任せるべきだとアメリカや日本などが、強く主張しているのに対して、EU側は厳格な環境監査の実施を主張している。
 しかし、EU案もほぼアメリカなどの主張を受け入れたゆるい内容になってきたようである。その背景には、「ECの環境管理・監査規則の独自実施」があるからであろう。もしそうなれば、EUに製品を輸出する企業は、国際規格とECの監査規則の両方を満足させなければならない「ダブル・スタンダード」となる恐れも出てくる(日刊工業新聞1994年4月4日)。
 いずれにしても、環境管理・監査がISO化されれば、それに強制力はないといっても世界的な規格で実施される。現実問題として、品質管理規格(ISO9000シリーズ)で経験したように、進んで環境管理・監査システムに参加しなければ、製品の輸出に不利になるかも知れない。そうなると影響はきわめて大きいことになる。さらに、日本そのものの環境保全に対する姿勢が、外国に問われることになるであろう。』