『1.環境アセスメントの誕生
環境アセスメントという言葉は、今では日常的に使われるようになった。この言葉の歴史はそれほど古くはないが、かなりの早さで世界に広がり、我が国でも、今では誰でも知っている言葉である。しかし、その本来の意味についてどれだけ正確に理解されているかは疑問である。本書では、環境アセスメントについてその概念と方法、現状、そして将来のあるべき姿について考察する。
我が国の環境アセスメントは公害というような環境汚染の未然防止を主な目的として実施されている。これは1960年代における深刻な公害問題への対応として、社会的に強く求められたからである。既に1960年代から、アセスメントではないが、その前身とでも言えるような対応は我が国でも見られないわけではない。しかし、制度づくりに当たってはアメリカの影響を強く受けている。アセスメントという英語が使われているのもこのことを示している。
●NEPA
1969年、アポロ11号が人類初めての月面着陸を果たした。テレビを通じてこの映像は世界各国に送られ、多くの人々が地球を外側から見るということを疑似的に体験した。この時は経済先進国が中心であったが、人々が地球環境という意識を明確に持ち始めたのはこの時以来である。多くの人が、地球環境の有限であることを明確に認識し、環境保全行動への関心を高めた。翌1970年初めてのアースデイが持たれ、さらに1972年にはストックホルムで最初の国連人間環境会議が開かれ、人間環境宣言が採択された。1970年前後は、環境問題への関心が各国で高まった時代である(表1-1)。
この1969年は、環境政策上極めて重要な法案がアメリカの連邦議会を通過した年でもある。National Environmental
Policy Act、略してNEPA、日本語では国家環境政策法である。いわゆる環境アセスメントは、アメリカではまず、このNEPAに基づき行なわれるようになった。NEPAは1970年1月1日より施行されたが、この動きは経済先進各国に広がって行った。
NEPAとこれに基づくアメリカの制度については後に詳しく説明するが、これは開発というような人間行為が、環境に与える大きな影響を未然に防止しようということで制定された法律である。環境の総合的な質を考えた意思決定を行なうことを求めている。ここで「環境の質」という概念を明示し、連邦政府の意思決定にこれを配慮するために公衆の参加、すなわち住民参加を必須の条件としている。
NEPAの目的は4つあるが、条文では「本法の目的は、人間と環境との間の生産的で快適な調和を助長する国家政策を宣言すること、環境と生物圏に対する損害を防止、または除去し、人間の健康と福祉を増進するための努力を促進すること、…」となっており、この第2の目的に応えるのがアセスメントである。
環境アセスメントは、日本語では「環境影響評価」という。英語のEnvironmental Impact Assessmentに相当するものである。アセスメントとは環境に与える人間行為の影響を事前に評価して、環境と調和した行為ができるよう意思決定を行なうものである。これから行なう人間の行為を考えるわけであるから、アセスメントは人間行為の計画の一部として考えることができる。
●日本のアセスメント
我が国でも1972年にアセスメントの実施が閣議了解され、ストックホルムの国連人間環境会議では当時の大石武一環境庁長官がアセスメント制度の導入を表明した。環境庁は1976年にむつ小川原総合開発計画に対してアセスメントの指針を示すなど制度導入の準備を進めた。その後、制度の法制化には至らなかったが、1984年に閣議決定され、これにより実施要綱が定められた。また、港湾法などの個別法の枠内でもアセスメントは実施されてきた。そして、1997年6月に、ようやく環境影響評価法が制定され、その運用は、1999年6月からとなっている。
地方自治体においても、1976年の川崎市を皮切りに神奈川県、東京都、北海道などの自治体で独自の制度が作られた。1998年1月現在では、条例が8自治体、要綱が43自治体で定められており、他の自治体でも検討が行なわれている。そして、1993年に成立した環境基本法の中で国としてアセスメントの推進が改めて明確にされた。
我が国はアセスメントの法制化が経済先進国の中では最も遅れたが、実際にはこのように国レベルと自治体レベルの両者で必要な事業についてはアセスメントが行なわれており、その実績もかなりある。NEPAに基づくアセスメントだけでも既に1万件ほど実施しているアメリカほどではないものの、我が国でも国の閣議決定に基づくものと自治体のものを合わせると1997年までで2,100件以上にもなっている。』