Spiro & Stigliani(2000)による〔『地球環境の化学』(208-209p)から〕


表3.7 酸化還元反応、反応生成物と影響

酸化還元反応

反応生成物/影響

1.
O2 + CH2O → CO2 + H2O 好気性条件は酸化還元電位が最高であることが特徴で、酸素が豊富で、好気性微生物の酸素による分解で有機物質が比較的少ないときに生じる。2つ例をあげれば、下水廃棄物の好気性消化と、通気のよい土壌の表面付近の有機物質の分解である。最終生成物のCO2と水は有害物ではない。
2. (4/5)NO3- + CH2O + (4/5)H+ → CO2 + (2/5)N2 + (7/5)H2O 浸水した土壌や湿地にみられるように、分子状酸素が土壌や水中に枯渇している場合には、硝酸イオンがあればそれが一番有効な酸化剤になる。脱窒バクテリアは硝酸イオンを消費してN2を放出する。副産物として温室ガスであるN2Oも放出される。耕地土壌では、投入した窒素肥料の20%が脱窒によって損失することもある。脱窒バクテリアは汚染のひどい河川や有機物が蓄積する河口域の層状堆積土でも活発である。河口域の状況によっては、脱窒が隣接する沿岸の水域や大気への窒素の移行に大きな影響を与える。
3a. 2MnO2 + CH2O + 4H+ → 2Mn2+ + 3H2O + CO2 硝酸イオン濃度が低く、マンガンと酸化第二鉄が豊富な嫌気性の環境では、その金属酸化物が微生物による酸化の酸化剤源になる。自然の土壌や湖や河川の堆積物の中などがこれに相当する。これらの金属酸化物が環境上重要なのは、次の2つの役割を果たすからである。すなわち、微生物にとって酸化剤の源であるとともに、有害な重金属、有害な有機化合物、リン酸、ガスなどと結合する能力がある点でも重要である。これらの金属酸化物は還元されると、水溶性になり結合能力を失って、その結果有害物を放出する。
3b. 4Fe(OH)3 + CH2O + 8H+ → 4Fe2+ + 11H2O + CO2
4a. (1/2)SO42- + CH2O + H+ → (1/2)H2S + H2O + CO2 硫化物を生成する条件は、ほとんどすべてバクテリアによって硫酸イオンがH2SやHS-へ還元されるためにもたらされ、有機物の分解を伴う。硫酸イオンの還元は海底の堆積物中ではきわめて当たり前のことである。それは堆積物中には種々の有機物があり、海水中には硫酸イオンも豊富に溶解しているからである。淡水中では、硫酸の形の酸性沈着物の影響を受ける場所で、この反応は重要になる。H2Sはとくに有害なガスである。硫化物も底部の堆積物中の重金属を取り込んで除去するので重要である。
4b. MS2 + (7/2)O2 + H2O → M2+ + 2SO42- + 2H2+ 重金属硫化物(MS2)の硫酸塩への変換も、汚染した泥の浚渫、陸揚げなど嫌気性の堆積物が大気に曝露されると起きる。黄鉄鉱(FeS2)を含む湿地の農地への干拓や、炭鉱地帯の酸性鉱山排水でも起きる。その結果、硫酸の生成による酸性化の増大や、有害金属の放出が起こりうる。
5. CH2O + CH2O → CH4 + CO2 湿地、氾濫原、水田、閉鎖性の湾、湖の堆積物のようにメタン生成バクテリアのいるところでは、酸化還元電位が200mVくらいの嫌気性条件になると、部分的に還元された炭素化合物が不均化されてメタンとCO2を生成する。この反応は海水の環境よりも淡水系のほうが硫酸濃度が平均して海水中の100分の1と低いので、一層起きやすい。メタンは地球の気候を決定する重要なガスである。1970年代のはじめから地球全体の大気のメタン濃度は年に1%の割合で増加している。この増加の理由はまだ調査中ではあるが、東南アジアの水田による稲作の拡大が貢献していると指摘されている。第2章pp.114〜115の議論を参照。
出典:W.M.Stigliani(1988). Changes in valued capacities of soils and sediments as indicators of nonlinear and time-delayed environmental effects. Environmental Monitoring and Assessment 10: 245-307.

付録C 酸化還元反応

1.半反応
 酸化還元反応は、酸塩基反応と同様に自然水の化学をコントロールする重要な反応である。水溶液は大部分の元素の酸化還元レベルを支持できる。たとえば、鉄は水中でFe3+またはFe2+として存在できるし、他の遷移金属類も複数の正の原子価で存在できる。非金属元素は、化合物の形でさらに広い範囲の酸化状態をとることができる。価電子殻の中でとりうるすべての状態をとることが多い。例えばイオウは自然にVI(SO42-)から−II(H2S)の酸化状態で存在し、窒素は同様にV(NO3-)から−III(NH3)の酸化状態で、炭素はIV(CO32-)から−IV(CH4)の状態で存在する。
 酸化還元反応の際、電子は還元剤分子から酸化剤分子へ移動する。これらの反応はすべて、少なくとも概念的には、前へ進む反応と逆へ進む反応の2つの反応、半反応(half-reaction)に分割できる。たとえば水素の酸素による酸化、
     2H2 + O2 = 2H2O     (C.1)
は次のように分割できる。
     O2 + 4e- + 4H+ = 2H2O     (C.2)
および
     4H+ + 4e- = 2H2     (C.3)
 半反応(C.2)から(C.3)を差し引くと、全体の反応(C.1)になる。これらの半反応は第1章で論じたように、実際に水素酸素燃料電池の電極で起こすことができる。酸素電極と水素電極の間に電位差が生じ、外部回路を電流が流れる。水素酸素燃料電池ではこの電位差は、ガスが1気圧のとき1.24ボルト(V)に近づき、電極は可逆状態、すなわち、反応物と生成物が両極と平衡状態にある(電子の移動速度が急速であることを意味する)。
 電位差、E、は送り出す単位電荷当たりの電気化学電池のエネルギーである。とくに、1V=1J/C、ここでV=ボルト、J=ジュール、Cは電荷のクーロンである。Eは電池の反応の自由エネルギーとΔG=−nFEの関係がある。ここでF(Faraday)は1モルの電子の電荷数、96,500C、nはその反応で送り出される電子数である。したがって、反応(C.1)では4電子が2H2からO2へ移動し、ΔG=−4×96,500×1.24=−479,000Jまたは−479kJである。電位は電極反応の強度を示すが、自由エネルギーは反応物のモル数に依存する。たとえば、反応(C.1)が次のように書かれていると
     H2 + 1/2O2 = H2O     (C.1')
電位差は変わらないが、自由エネルギーの変化は半分の−240kJになる。それは酸化されるが2モルではなく1モルのH2だからである。
 次のような半反応が関係する他の電極の組合わせがありうる。
     Fe3+ + e- = Fe2+     (C.4)
および
     H+ + e- = 1/2H2     (C.3')   
 (C.3')を(C.4)から差し引くと、その電池の反応になる。
     Fe3+ + 1/2H2 = Fe2+ + H+     (C.5)
 この電池の標準状態、すなわちH2の圧力1気圧、イオン反応物と生成物の濃度が1Mにおける電気化学電位は0.77Vである。したがって、H2のFe3+による酸化の駆動力は、H2のO2による酸化の駆動力よりは小さいがかなりのものである。このことからO2はFe2+も酸化するものと結論できる。そして次の反応を行なう電池の電位は、
     4Fe2+ + O2 + 4H2 = 4Fe3+ + 2H2O     (C.6)
1.24−0.77=0.47Vと容易に計算できる。
 数多くの電極の組合わせが可能で、各電極について水素電極を基準にして標準電位(standard potential)、Eo、を特定すると便利である。水素電極の標準電位はゼロと定義される。したがって、半反応(C.2)で表わされる酸素電極ではEo=1.24V、 半反応(C.4)で表わされるFe3+/2+電極ではEo=0.77Vである。Eoに対する標準条件は、25℃における反応物と生成物の単位活量(分圧またはモル濃度)である。
 半反応の中には、電子移行反応が遅すぎて電極電位を実際には測定できないものがかなりある。それにもかかわらず、これらの電位は適当な酸化還元反応の自由エネルギーから計算できる。たとえば、第2章でN2とO2からのNOの生成反応の熱力学を扱ったが、それは酸化還元反応(2.13)で、
     N2 + O2 = 2NO
これは次の半反応に分割できる。
     O2 + 4e- + 4H+ = 2H2O     (C.2)
および
     2NO + 4e- + 4H+ = N2 + 2H2O     (C.7)
反応(2.13)(p.122)の自由エネルギー電位173.4kJから、この電池の電位−0.45Vが得られる。また半反応(C.7)の電位を直接測定することは、電極とNOとN2分子間の電子の移動が遅く可逆電位が達成されないために不可能であるが、酸素電極の標準電位は1.24Vであるから、半反応(C.7)の標準電位は1.69Vと容易に計算できる。表C.1(略)に自然の水域において重要な半反応の標準電位を示す。

2.濃度依存性−pE
 すべての化学反応と同様に、電気化学プロセスの駆動力も反応物と生成物の濃度に依存する。この依存性はネルンストの式で表わされる。
     E = Eo − [RT/nF] ln K     (C.8)
ここで、Eoは標準電位、Rはガス定数、nは反応で移動する電子数、Kは平衡定数である。燃料電池反応(C.1)では、たとえばK=1/PO2PH22(水の活量は1と定義されている)で、n=4である。したがって、
     E = 1.24 − [RT/4F]×[−ln PO2 − 2 ln PH2]     (C.9)
かわりに反応(C.1')から出発しても同じ結果が得られる。それは化学量論的係数は半分になっているが、電子の数も半分になっている(n=2)からである。ネルンストの式は次の形が便利である。
     E = Eo − [0.059/n] log K     (C.10)
ここで、0.059はRT/Fの25℃の値に自然対数から常用対数への変換係数[ln 10=2.303]を掛けたものである。25℃以外の温度では、係数0.059はそれに応じて変える必要がある。
 ネルンストの式は電池全体の反応にも半反応にも同様に適用可能である。たとえば、Fe3+/2+電極の25℃の電位(半反応(C.4)、n=1)は、
     E = 0.77 − 0.059 log {[Fe2+]/[Fe3+]}     (C.11)
 これからK=1、すなわち[Fe2+]=[Fe3+]であるかぎり標準電位は変わらないことがわかる。電位は[Fe3+]が[Fe2+]を超えると上がり、[Fe2+]が[Fe3+]を超えると下がる。すなわち、電極電位は溶液中の電子の量を反映している。それは酸化剤[Fe3+]が余分にあると高く、還元剤[Fe2+]が余分にあると下がる。
 この電位と電子の量との関係は電位をpE、電子の「有効」濃度の負の対数、で表わすとはっきりする。これは電位の値を2.303RT/Fで割ればよい。そうするとネルンストの式は、
     pE = pEo − n-1 log K     (C.11')
たとえば、25℃のFe3+/2+電極の場合は、pEo=0.77/0.059=13.2、そして
     pE = 13.2 − log {[Fe2+]/[Fe3+]}     (C.12) 
 pEとpH、pEoとpKaの間には形の上の類似性がある。もちろん、pEが文字通り溶媒和した電子の濃度を与えるわけではない。それは電極電位の尺度は任意だからである。標準水素電極はE=0と定義されていて、pE=0である。しかし、電子の濃度は確かに1Mではない。それでも、pEは、pHが酸とその共役塩基の濃度に支配されているのと同様に、酸化剤/還元剤の組の濃度によって支配されている。

3.電子親和性と陽子親和性は関連している−pE対pH
 大部分の還元反応は陽子の取り込みを伴う。そして酸化反応は一般に陽子を放出する。電子の付加は負の電荷を増し、陽子の付加はそれを減少させるので、電子の移動と陽子の移動の結びつきは、電荷を中和して分子のエネルギーを下げる傾向の結果にすぎない。多くの半反応電位が溶液のpHに強く依存するのは、この結びつきによる。
 水素電極電位は、H2ができるときに2つの陽子が2つの電子と結合するのでpHに依存する。反応(C.3)または(C.3')から
     pE = 0 − [1/2] log PH2 + log [H+]     (C.13)
 PH2が1 atmに保たれると、pE=−pHである。したがって、水素ガスは酸の溶液中よりアルカリ溶液中ではるかに還元性である。たとえばpH 8では、pE=−8、したがって水素電極電位は−0.47で、pH=0のときよりほぼ0.5 Vさらに負(還元性)である。同時に、酸素はアルカリ溶液中では還元しにくい(逆にいえばO2はより酸化性である)。
 反応(C.2)から、
     PO2=1 atm で pE=pEo+[1/4] log PO2+log [H+]=20.75−pH     (C.14)
そして、pH 7における電極電位は0.83 Vである。pH 7は pH 0 より生物や環境と関連のある条件に近いので、表C.1のように電極電位とpE の値は、pH 7 における値が引用される。pEo[w]の値はpEoの値を pH 7 に計算し直したものである。
 水素電極と酸素電極はともにpH依存性が同じなので、その差はpHには関係しない。これは水素の酸素による酸化反応全体 反応(C.1)で陽子の損得がないからである。したがって、個々の電極の電位は大いに影響されるが、水素−酸素の燃料電池の電位は電池の区画内のpHには無関係である。
 半反応では陽子が表に現われていなくても、電位は二次的な酸塩基反応によってpHに依存する。たとえば、Fe3+の還元の半反応(C.4)の電位自体は陽子には依存しないが、平衡定数[Fe2+]/[Fe3+]はFe3+が酸性であるためにpHに大きく依存する。pHがかなり低いところでFe3+は一連の水酸化物錯体をつくり、きわめて不溶解性のFe(OH)3(pKsp=38)が沈殿する。それに対して、Fe2+はpHの高いところでだけ水酸化物錯体を生成し、Fe(OH)2(pKsp=15)はFe(OH)3よりは溶解性も高い。その結果[Fe3+]が[Fe2+]より急激に下がるので、還元電位はpHの上昇とともに低下する。
 pE とpHの関係は、図C.1(略)にFe3+/2+の対について示したように都合よく図示できる。図の各領域には、そこに主に存在する化合物の名を記した。そして、線はこれらの安定領域の境のpE/pH依存性を示す。したがって図の上部左の水平線は、水酸化物反応のないFe3+とFe2+の等モル溶液での期待値、pE=13.2である。この線の上ではFe3+が支配的で、Fe2+はこの線の下で支配的になる。pH=3.0の垂直線はFe(OH)3が沈殿するために現われる。これはKspを超えたときで、pHと[Fe3+]に依存する。説明の都合で、図C.1では鉄の濃度は10-5Mとした。次の
     Ksp = 10-38 = [Fe3+][OH-]3     (C.15)
から、[OH-]=(10-38/[Fe3+])1/3=10-11と計算できて、pH=3が求まる。これ以上のpHではFe(OH)3が沈殿し、[Fe3+]はKspとpHに従って減少する。この減少のpE に対する影響はpH=3からの下降線にみられる。この線の傾斜は、Fe(OH)3は鉄1つに水酸基が3つついているので3.0である。式(C.15)を書き直すと
     log [Fe3+] = −38+3pOH     (C.15')
また、pOH=14−pHで、さらに、
     pE = 13.2 − log {[Fe2+]/[Fe3+]}     (C.16)
なので、pE のpHへの依存性は次式で与えられる。
     pE =13.2−log [Fe2+]+log[Fe3+]=22.2−3 pH ([Fe2+]は10-5Mとした)
この線より上では、Fe2+は酸化されFe(OH)3として沈殿する。しかし、線より下ではFe(OH)3はFe2+に還元されて溶解する。
 pH=9の第2の垂直線はFe(OH)2の沈殿によって生じる。次式から
     Ksp = 10-15 = [Fe2+][OH-]2     (C.17)
[OH-]={10-15/[Fe2+]}1/2=10-5と計算できて、pH=9が求まる。これ以上のpHでは、Fe(OH)2の沈殿によって[Fe2+]は減少する。このpH以上で下方へ傾斜している線はFe(OH)3とFe(OH)2の相の境界を示す。この傾斜、−1、はFe(OH)2の2つの水酸基とFe(OH)3の3つの水酸基の差である。式(C.17)を書き直すと
     log [Fe2+] = −15 + 2 pOH     (C.17')
両方の水酸化物が存在すると、式(C.15')と式(C.17')を式(C.16)に代入してpE とpHの関係が得られる。
     pE =13.2−log [Fe2+]+log[Fe3+]=−9.8+pOH=4.2−pH
図C.1の2つの点線は、式(C.2)と(C.3)の水素と酸素の還元反応のpE/pH依存性を表わす 。これは水溶液の安定限界を示す。下の点線より下では水は水素に還元され、上の点線より上では水は酸素に酸化される。
 図C.1はFe2+/3+系の完全な線図ではない。それは、これらのイオンの水溶性錯体を考慮から除外しているからである。上述のように、水酸化物錯体は水溶液中には常に存在する。しかし、それは主に狭い範囲のpH領域に限られ、見かけの図に大きな影響はない。しかし、他の錯化剤は大きな影響を与える可能性がある。自然に存在する塩素、炭酸、リン酸などの陰イオンは、とくにフミン酸のような土壌の有機成分が、Fe3+と土壌粒子を結合しあるいはFe3+と可溶性のキレートをつくるように、Fe3+と結合して[Fe3+]を下げ、したがってpE も下げる。このような複雑さにもかかわらず、図C.1はFe2+とFe(OH)3に支配されるFe2+/3+系の主な特徴は示している。通常のpH範囲3〜9の大部分で重要なのはこの2つだけである。



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