『7・4 電位-pH図
酸化還元反応は、2種の化学種の間の電子のやりとりである。たとえば、鉄(II)イオンは電子を放出し、自分自身は鉄(III)イオンに変わろうとする傾向がある。
Fe2+ = Fe3+ + e (7・46)
ここで e は電子を表わす。この反応は、放出された電子を引きとる化学種が存在したときに初めて進行する。その場合は、鉄(II)イオンは還元剤として作用したことになる。他方、鉄(III)イオンは、ほかの化学種から電子を引き抜いて鉄(II)イオンになろうとする。したがって、鉄(III)イオンは酸化剤として作用する。
溶液が鉄(II)イオンと鉄(III)イオンの両方を含むときは、その濃度比によって還元的傾向、あるいは酸化的傾向が現われる。この溶液のなかに白金電極を浸したとしよう。白金は化学的には不活性であって、溶液中の鉄イオンと反応することはない。けれども、電極に鉄(II)イオンが衝突すると、そのイオンは電極に電子を与えようとするし、鉄(III)イオンが衝突すれば、電極から電子を奪い去ろうとする。こうして、白金電極の示す電位は鉄(II)および鉄(III)イオンの濃度比によって変化する。この電位は、鉄(II)-鉄(III)イオン系のもつ酸化能力とみることができる。
電位は、白金電極と適当な基準電極を組み合わせ、その間の電位差を測定することによって求めることができる。式(7・46)によって示される系の電位
E は次式で与えられる。
E = E゜+ 0.059 log ([Fe3+]/[Fe2+]) (7・47)
ここで E゜は標準酸化電位であって、鉄(II)イオンと鉄(III)イオンの両方が単位濃度のときにその系が示す電位である。
酸化還元系は次のような一般式で示される。
red = ox + n e
ここで red はある化学種の還元形、ox は酸化形、また n はこの反応で放出される電子の数である。この系の電位 E は次式で与えられる。
E = E゜+(0.059/n) log ([ox]/[red])
E゜は標準酸化電位であって、還元形 red と酸化形 ox がそれぞれ単位濃度をとったときに系が示す電位である。
電位の標準として用いられるのは水素電極である。その反応は
H2 = 2H+ + 2 e (7・48)
である。反応(7・48)で示される水素電極の電位は次式で与えられる。
E = E゜+(0.059/2) log ([H+]2/PO2) (7・49)
ここで E゜= 0 V と約束する。すなわち、水素電極で水素の圧力が1気圧、溶液中の水素イオン濃度が単位濃度であるときの電位が
0 V になる。
式(7・49)で PH2
= 1 気圧と置けば、これは水溶液から水素が発生するときの電位とpHの関係を与える式になる。
E =−0.059pH (7・50)
式(7・50)で与えられるよりも低い電位のもとでは、水は還元されて水素になる。そこで、式(7・50)は水溶液が安定に存在しうるための電位の下限を与えていることになる。
逆に電位が高くなると、ついには水が酸化されて酸素を発生するようになる。そのときの反応は式(7・51)で示される。
2H2O = O2 + 4H+
+ 4e (7・51)
この系の電位は
E = E゜+(0.059/4) log (PO2[H+]4/[H2O]2) (7・52)
となる。希薄水溶液を仮定すれば[H2O]=1となる。またPO2=1とおけば
E = E゜−0.059 pH (7・53)
となるが、これは水が分解されて酸素を発生するときの電位を示す式となる。水溶液は式(7・53)で示される電位よりも低い電位のもとで安定である。このようにして、水溶液が安定に存在するための電位は式(7・50)と(7・53)によって限定されてしまう。
次の問題は標準酸化電位 E゜を求めることである。標準酸化電位は平衡系について実測して求めることもできるが、多くの場合は標準生成自由エネルギーのデータを用いて算出する。
鉄イオンの系を例にとれば
Fe2+ = Fe3+ + e
−20.3 −2.5
ΔG゜=−2.5−(−20.3)=17.8 kcal
反応の標準自由エネルギー変化量ΔG゜と標準酸化電位 E゜を結びつけるのが式(7・54)である。
ΔG゜= nFE゜ (7・54)
ここで n は反応に関与する電子の数、F はファラデー(23.06 kcal/V)である。上の例では n=1、ΔG゜=17.8
であるから
E゜= 17.8/23.06 = 0.77 V
となる。
また、水の酸化反応(7・51)の場合は
2H2O = O2 + 4H+
+ 4e
2(−56.69) 0 4(0)
ΔG゜= 113.38 kcal
したがって
E゜= 113.38/4(23.06) = 1.23 V
この値を式(7・52)に代入すれば
E = 1.23+(0.059/4) log PO2
− 0.059pH (7・55)
となる。この式は酸素分圧と電位を関係づける式として重要である。
図7・6(略)は電位-pH 図上に水の安定領域を示したものである。電位と酸素分圧の対比をわかりやすくするために等酸素分圧線を記入してある。酸素分圧-pH
図と電位-pH 図の間に本質的な違いはない。けれども、堆積環境を表現する因子として電位と酸素分圧を比較したとき、電位はpH
と同様に簡単に実測できるという利点をもっている。
しかし、長所はそれだけではない。図7・7(略)に示すように、大気と十分に接触し、したがって完全に酸化的とみなすことができる環境でさえ、そこで測定される電位は、式(7・55)で
PO2 = 0.2 気圧(大気中の酸素分圧)とおいた値よりも著しく小さいのである。これは式(7・51)に示される反応が平衡に達していないことを意味している。おそらく、堆積環境では酸素が環境と平衡に達するためには予想される以上の長時間を必要とするためであろう。堆積環境でさまざまな役割を演じている金属、たとえば、鉄、マンガンなどは、その環境の電位については平衡になりえても、酸素分圧との平衡は成立していない。したがって、堆積環境に関するかぎりは、酸素分圧を無視してしまい、電位だけで議論を進めるほうが、いろいろな事実をつごうよく説明することができるのである。
電位-pH 図は堆積環境ばかりでなく、ほかの水溶液環境に対しても広く用いられている。電位に対して E または Eh という記号を使うこともある。多くの地球化学の書物では、電位-pH
図または E-pH 図というよりも、Eh-pH 図というよび方が普遍的である。
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